対 話 - i a i –

綿や麻、絹などの天然素材や古い布を使い、草木での染色、そして縫製まですべての衣服を1点物として制作する「 i a i 」。京都府内の小さな山村に暮らし、丹念にものづくりと向き合い、土地や山の恩恵を受けて日々服作りをされている。居相大輝さんに、洋服作りをはじめた過程と山村での暮らしについて話を伺った。

──十代・学生時代だった頃からファッションや洋服作りに興味はありましたか。

居相さん : 小さな頃からファッションに対して興味があり、洋服が好きな子供でした。小学校の頃、女性が着る服に関心があり、男性服より女性服の売り場に足を運んでいましたね。いま振り返ると、男性服に比べ女性服の方が、幅広く種類があり、さまざまな洋服の形がある魅力に惹かれていたのだと思います。

──高校を卒業後、生まれ育った京都府福知山市から就職の為に東京で生活をしますが、当時は故郷をどのように感じていたましたか。

居相さん : 福知山市の高校を卒業後、東京消防庁に就職をしたのですが、東京で生活する事が楽しみでした。東京での生活は、“ファッションで自由にいたい”という潜在意識からなのか、消防士の仕事が終わった後世間でいう奇抜な格好をして、原宿や渋谷にストリートスナップされる目的で頻繁に通っていました。沢山の古着や既製服を買って着ていく中で、「この部分をもう少しこうしたい」という思いがあり、洋服に手を加えるようになっていきましたね。19歳の時にはじめてミシンを購入し、洋服をリメイクし始めました。そのような生活を過ごしていた中でも、生まれた場所でもある故郷に対して想うことがあり、長期休暇などで福知山市に戻る度、自分の心が緩む場所と感じていましたね。

──東京の方に住んでいた時期、いまの活動に至ることになった大きなきっかけを教えてください。

居相さん : 洋服作りに熱中するようになり、消防士の仕事が終わった後に、「ファッションとは何か」という概念を学ぶ「ここのがっこう」に通い始めました。通っていた人の中には、日常服というよりも、アートに近いオブジェを作る人もいましたね。その中で自分はどんな洋服を作りたいかを考えた時に、ファッションの大量生産するサイクルの速さに疑問を抱いていた事もあり、大多数の人に作るのではなくて、もっと一人の人に向けた日常服を作ることはできないかと考えていました。その期間に大きな出来事として起きたのが東日本大震災です。被害にあった方々の、生まれ育った時の景色は二度と戻ってこない。よりいっそう生まれ故郷を想うようになり、好きなことをやろうと決め、消防庁を退職しました。

福知山市に引っ越す前に、一度実家に戻る機会がありました。村人のしたたかな日日の畑仕事、暮らしのひかりがつまった家、 生活の中で染み込んでいくそれを纏う人々のよごれや色。暮らしから滲みでたその様子が心から美しくて。自分が東京で生活する意味はないと想うようになり、福知山市に帰ることを決めました。

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──東京から福知山市に戻ってくる際は、どのような考えを持って、暮らし始めましたか。

居相さん : 震災を経験して、いまを大切に想うからこそいまの暮らしと向き合うと決めていました。当時、妻と一緒に暮らしていこうと話しもあり、2人の生活を豊かにしたいという想いが強かったです。自分達の手で作物をつくり、古くからある家を改装し、一つひとつの暮らしの細部に命を吹き込みたい。その次に、洋服作りで生活をしていこうと考えていました。

──デザインから生地の選定、染色や縫製、仕上げまでご自身でされていますが、こういう洋服を作りたいというのはどのような瞬間に思い浮かぶことがありますか。

居相さん : 頭では考えていなくて、手を動かしながら思い浮かぶことが多いです。その為、デザイン画も一切書きません。展示会などで店頭に立つことにより、洋服に袖を通してくださるお客さんの顔が見えますので、この方が来年はどのような洋服を着るのかと想像はします。“こういう洋服を作りたい”という瞬間は、この村で暮らす日々の風景や環境でしかありません。

──色の予測がしづらい草木染め時に、こだわっている点を教えてください。

居相さん : はじめから草木染めで作ろうと思っていませんでした。東京に住んでいた頃、環境の影響からなのか、染色に興味はありませんでしたね。村で暮らすようになり、この土地にある草花で洋服を染められないかと思ってはじめたのがきっかけです。村を散歩すると、山山がうみだす色や棚田にはえる金じきの穂がゆれる表情など、暮らしの中でいのちの力強さを目にして、心動く日々があります。自然の呼吸は心底美しい。土地の土、燃した木々のすす、山の草木に、村に生える草花。それらから少しずつ頂戴して、 衣服に色を与えてくれます。その過程が美しくて。 この色がいいからこの色に近づくように、薬品などで手を加える考えではなく、それらそのものがそのままで美しい。自然からいただいたものなので、できるだけ自然に返すように薬品は使いません。家の目の前にある川の水をいただいて染めるからには、この土地に暮らす人として水に負担のないように質素な行程で染めます。

草木染めという作業は、草木土まかせであり、風土によってさまざまな個性をはぐくんだ草木土が抱いている色は予測できません。川の水をつかうのか、雨水をためてつかうのか。村の方がお風呂を焚くときに使っていた古木を燃してでる木灰をつかうのか、森にはいって落ちた杉木を拾って燃してでる木灰をつかうのか。天日なのか、日陰なのか。今日の気温で染めるのか、明日の気温で染めるのか。その中で、草花の一番輝いてる時期にいただくようにしています。根本からいただくのではなく、来年も命が宿るように環境を整えて、命をいただく。調べたら数秒ででてくるようなことも、頭で考えて身体を動かして自分だけの答えをみつけています。近道したらみえなかった景色のなかに、大切なものがあることを見落としたくない。 今日は小川の水は少ない、今日は少し多いなど、この村の気候に沿った自然な流れを身おぼえはじめています。

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──一年間無償で貸出、一年後生活の所作が記憶された衣服を返還する「せいかつの花」という試みは、どのような想いではじめましたか。

居相さん : 美しい、美しくない。かっこいい、かっこよくない。そうではなく、自然体の生き方と向きあったときに残る衣服をみたいと思いました。村でひたむきに作物を作るおじいちゃんやおばあちゃんの姿はひかりつづけています。美しい仕事のよごれ、生活のよごれを纏った衣服。 物には色濃く生活のあかしが映り、その様子を見届けたいという気持ちです。

──山村での暮らしは、洋服作りや生活にどのような影響を受けていると感じていますか。

居相さん : 山村には作る源のすべてがあります。村で暮らすようになり、散歩する習慣ができました。同じ風景も毎日違った呼吸をしている。ふと新境地につながりそうな衣服を見出せる一瞬は日常の積み重ねで、美しい瞬間をできるだけ心に留めたくて毎日作業の合間に村を歩き、落ち着いて作業台へむかいます。

東京に住んでいた頃、移住してきた当初、いまに至るまで、その時にしか生まれえない表情をしていると思います。いま正しいと踏み出している一歩も 移ろいでいく。四季が移ろうように、人間も自然の一部なので、移ろうことは自然なこと。なので日々の暮らしで感じるその瞬間の想いを、衣服に込めています。

──今後、どのような未来を思い描いているでしょうか。

居相さん : 先のことは、いつ何が起きるかわからないということもあり、あまりみないでいます。こどもが生まれたばかりということもあり、来年はこどもの成長をしっかりと見届けたいですね。これからも急がず脱力しながら向き合い、受け入れて吸収して、やわらかいこころを身につけながら、できるかぎり自給に時間を割くようにしたいと思っています。自分の感触にしたがって、地に足をつくように手で触れて、からだに纏って裁断して、この純度でしか生まれ得ない服作りを目一杯表現していきたいです。

今回の対話を終えて
i a iの作品はどれも日常の中から産み出されている。
背伸びをしようとせずあくまでも等身大。
その時その時の生活において必要に応じて作られる。
土と近く在り、自然と共に暮らす生活や近所のおじいさんおばあさんとの交流、飼っている犬や山羊との触れ合いなど、
そういった居相にとっての普段の日常こそが作り出される衣の純度の高さに繋がるのだろう。
子どもが産まれ、今後拡がっていくi a iの活動がとても楽しみである。
うつしきでの次回の展示は2019年春を予定しております。

[ 展示会情報 ]

i a i exhibition

「山晒し」

山に雨がふる
山に陽がのぼる
山の水がながれて
光芒が静かに土をとらえた .
i a i の衣は、一着一着、私の手から生まれる。
内なる思いを、手をうごかすことによって、おもいがけず初めての感触に出会うことはあれど、衣を作ることは内部からの必然に近い。
その中で、草木(土)染めという作業は草木土まかせであり、さらには風土によって様々な個性をはぐくんだ草木土が抱いている色は予測できない。季節に潜む偶然を衣に宿して、大切に色をいただいている。
そこで「晒す」ことによって日に、偶然に、起こりうる自然変化が衣にとりこまれていくことを考えた。自然のくせから素朴な息吹をふくみ、地と天の意志の交歓から、衣がどのような表情をみせるのか。

夕暮れ時、山山を照らすひかりを美しいと感じる。
そんな、陽なり雨なりの自然がつくりだす恩恵の美に、衣をゆだねてみた。