うつしき

うつしき

対 話 - 珈琲 占野 -

“好き”に勝るものはない。

『珈琲 占野』を営んでいる占野大地さんの学生時代からいまに至るまでの経緯を伺うと、どこまでも自分の好きだという気持ちと正直に向き合い、歩み続けている。

傍から見れば安定と思われる、生活雑貨などを扱う大手企業に就職後も、珈琲が好きという想いから2020年に独立。

オンラインでの豆の販売も始め、今年中には実店舗オープンを予定。20代前半に思い描いていた目標とする地点はすぐそこまできています。

これまでの歩みを振り返りながら、珈琲が好きという原動力について伺いました。

きっかけは新聞を取り始めたこと


珈琲に大きく夢中になるきっかけは、大学時代に遡ります。

大学2年生の頃、時事ネタをディベートするゼミの授業に受講する流れで、新聞を取り始た占野さん。しかし新聞を読む為に、朝早く起きるという習慣がつかないまま数週間が経過。

「このままだとダメだと思いました。珈琲を飲む為なら起きられるだろうと、『ケメックス』や『HARIOのドリップケトル』などを揃えたのがきっかけでした。それから早起きをして、珈琲を淹れて、片手間に新聞を読むということがだんだんと習慣化して数年以上が経ちます」。

「新聞を読み始めてなかったらこんなにも珈琲の世界にハマることはなかったかもしれない」と振り返るように、日常のどの場面にやりたいことに対してのきっかけが落ちているかわからないもの。

愛用しているコーヒーミルは、1950年頃イタリアで販売していたプジョー社の創業百周年記念に作られたもの。「とても気に入っている形で、鉄の素材感も好みで、ガリガリっとした音が心地いいですね。ほんのり漂いだす豆の香りも、珈琲としっかりと向き合えている気持ちがします」。
“珈琲屋をやりたい”。

占野さんがそう決めたのは珈琲に夢中になり始めた大学2年生の時。興味は自然と珈琲を淹れるための道具にも目がいきます。

「お湯を注ぐ薬缶をネットで <薬缶 かっこいい> と画像検索し、出合ったのが奈良県在住の作家さんの薬缶でした。衝撃を受け、大阪で開催していた展示会まで出向きました。それ以降、バイトや仕事でお金を貯めては、個展へ足を運び、お気に入りの暮らしの道具を迎え入れていきました。制作者の想いや、作品作りのストーリーを実際に聞いて見ると、ものへの愛着がより強くなります」。

「珈琲の表現になくてはならないもの」と語る、福村龍太さんのぐい呑。
自分の中の好きなものを突き詰めていく中で、学生の頃からたくさんの展示会へ足を運んでいた占野さん。

「展示会を通じて、福村龍太さんなど作り手の方々に出会う事ができました。お話をする中で好きなことを続けている人はこんなにも人間味がある人達なんだと感じ、人柄が素敵な方々の創る作品や人生にますます惹かれていきました」。

占野さんが話すように愛用品と歩んできた物語は自分だけにしか味わえないもの。長い時間を寄り添うことで、なくてはならない存在になっていたり、日々の思い出を重ねる器は、使い込むほど特別な存在に。

多忙な日々の中で流されがちな心の潤いを、珈琲を飲む時間の中で表現したい

美味しい珈琲ができるまでには、挽いた豆に最初に落とす一滴の温度が大事と話す占野さん。
大学2年時に決断した、珈琲屋をやりたいという想い。社会人2年目には目標の為、休日に焙煎講座で基礎を学びます。そして、退社するタイミングで念願だった焙煎機を手に入れることに。好きなことに対して真摯に動いていく中、どうして会社を辞めてまで、珈琲に魅了をされているのだろうか。

「これまでの人生において様々な場面で珈琲に救われてきました。僕にとっての珈琲とは一人静かに嗜むもの。頭の中で散らばった思考に寄り添い、その一杯が自分自身と向き合うことのできるかけがえのない時間であります。

口に運ばれる珈琲は、口に合うかどうかはもちろんのこと、その珈琲屋がどんな空間で、亭主がどの様な所作で淹れてくれるのか。目の前の一杯は淹れる人の人生そのものを投影し、味わう人の本当に大切なものに気づきを与え、扉を出てからの明日につなげてくれる。僕が珈琲にそう助けてもらってきたからこそ、他の誰かにとってもそういう居場所を作っていきたいと思っています」。

一杯の珈琲に潜む背景

オンラインの準備期間中は、安定して味の品質を担保できるよう、焙煎機で実験を繰り返していた。
“先入観なしに珈琲を味わって欲しい”

独立後、3ヶ月の準備期間を経て完成した『珈琲 占野』のオンライン。珈琲豆は 『 1 』『 2 』『 3 』という名前で、豆の種類や味などの詳細はあえて記載していません。

「名前や情報に縛られる事なく、純粋に珈琲というものを愉しんでいただきたいんです。メッセージを頂いたら詳細は返答をしているのですが、できれば自身の生活の背景に合う名前を珈琲に付けてあげて欲しい。そんな想いからあえて豆の種類、味などの情報は伏せています」。

道具選びの一つ一つの細部にまでこだわる占野さん。一杯の珈琲にもそのこだわりが現れる。
インターネットがあれば、簡単に情報が手に入る時代。わかりやすい、便利、といったことは親切である一方、時に想像することを必要としなくなります。

「情報に対して受け身になると、何となくわかったようで実はその背景はわからず、そこで珈琲への興味は終わってしまうような気がしています。何の情報もなく飲んだ珈琲が口に合えば、能動的に現地の生産者や産地、珈琲ができるまでの背景にアプローチできるのではないかと思い、少し変わった『豆売』をしています」。

その人自身がその一杯に抽出される

「お客様の邪魔をしないことを心掛けていた」と振り返る占野さん。豆を挽く時は、お客さんが窓ガラスからの景色を眺めれるようにと少し脇に逸れるなど、その振る舞いはまるで舞台の上のよう。
2月20日より開催した『陶芸家 福村龍太 展』。展示期間中には福村さんの器を用いて、喫茶室で開催された『珈琲 占野』による一杯の珈琲と一種の甘味。

「当日は、手が震えるくらい緊張していました」と語るように、見知らぬお客さんの前での振る舞いは初めての挑戦として、沢山の準備を重ねてきたと想像に難くありません。五感を通じて珈琲とじっくり向き合う時間は、茶道のお点前を堪能するような感覚。

「お客さんと共に、空気感を一緒に作る体験ができたのはかけがえのないものになりました。うつしきの空間では、外では子ども達の声が聴こえ、鳥の声などと共にセッションできたのも嬉しかったです」。

展示前に試作を何度も重ねたというチョコのテリーヌ。
「”珈琲が好き” の先にこんな景色が広がっているなんて思ってもいませんでした」。

終わった直後は、一歩を踏み出したことで見れた光景とこれからの課題に向き合っていた占野さん。

場所選びからお店の準備を進めている2021年。これからどのような目標を臨んでいるのだろうか。

「2021年は『珈琲 占野』として、店舗の扉を開けるべく準備をしていきます。いずれは山奥などの辺鄙な場所で、茶会のように一日数組限定で振る舞うようにしていきたいです。ただ焦ることなく、今年中には指針を決めて、いろんな方にご協力頂きながら、珈琲を通じて心鎮められる空間をつくっていきます」。

占野 大地
1993年山口県下関市生まれ。2018年四年制大学卒業後、生活雑貨などを扱う企業に就職。会社員時代に焙煎の勉強を始める。2020年珈琲屋をやるため退職。珈琲屋の扉を開けるべく準備中。
https://shimeno-online.com/

今回の対話を終えて占野さんにとって新聞を読むという朝の習慣から珈琲を本格的に淹れ始めたように、何がきっかけでそのものの魅力に夢中になるかわからないもの。「珈琲屋」になると決断してから、真っ直ぐに突き進んでいる占野さんの挑戦はこれからも続いていく。そして、店頭で美味しい珈琲と所作を堪能できるのかがいまから待ち遠しいです。
聞き手・文 : 小野 義明

[ 展示会情報 ]

陶芸家 福村龍太 展
日程 2021年2月20日(土)ー2月28日(日)
※期間中休みなし
時間 13:00-18:00