うつしき

うつしき

対 話 - sardexka -

“スペイン料理” と聞くとどんなイメージを持つでしょうか。

パエリヤやアヒージョなど、いろいろな代名詞の料理を想像されるかと思います。

「こんなスペイン料理があるんだと、そのイメージを一変できるような料理を作ろうと思ったんです」。

東京・鶯谷で四季折々の食材を用いて、日本人としての感性を大切にした料理を提供している『sardexka』店主の深田裕さん。

目の前のひと皿にかける想いについて伺いました。

一冊の料理写真からスペインへ旅立つ

バスク地方とは、バルや星付きレストランなどが点在する、フランスとスペインにまたがる独自の言語をもつ人たちが暮らすエリア。店名の『サルデスカ』はバスク語で『フォーク』を意味する。
早稲田大学で教育学部を専攻しながら、料理を生業にすると決めたのは大学生の頃。飲食店のアルバイトから料理の道に興味を持ち、ある一冊の写真が深田さんの人生の大きなターニングポイントに。

その一枚は、分子ガストロノミーという科学的調理法を芸術の域にまで高めたバルセロナ郊外にあったレストラン『エル・ブジ』の料理写真。

「わかりやすくいうと料理界のモード。素材を分子レベルにまでデータとして残していくそのやり方は、自身がやるかは別にして、美しく、かつ斬新な料理に衝撃を受けました」。

その衝動は若き深田さんを突き動かす。中華料理屋で3ヶ月間根詰めて働き、渡航費用の資金を貯金。現地の繋がりや語学力もままならない状態で、単身で美食の街スペイン・バスク地方へ渡ります。

「ご縁が繋がり、サンセバスチャンのバルで2ヶ月程働きました」。その後、スペインの各地方を旅してさまざまなバルやレストランを食べ歩き、現地でスペイン料理の奥深さを体感した深田さん。

同時に、パエリヤやアヒージョを中心とした日本でのスペイン料理のイメージに、違和感を覚えるようになっていったといいます。

アラカルトからコース料理のみにシフト

オープン当初からパエリヤやアヒージョなど、現地の料理を忠実に再現するつもりなかったと振り返る深田さん。バスク料理をベースに、和の素材を合わせた独自のスペイン料理の表現は評判を呼び、都内、都外を問わず、多くの方が足繁く通う。
帰国後は、首都圏にある数軒のスペインバルでキッチンを担当し、後に独立。お店の構想は、スペインで魅力を感じた ”ガストロバル” と呼ばれるスタイル。気軽に日常使いができるバルのような雰囲気で、レストランで食べるような作り込んだ料理を提供するお店。

「独立当初は現地のガストロバルに倣って約30品の単品を提供していました。ですが食材ロスも多く、お客さまもひと皿に対して向き合っているような姿勢を感じる場面が少なかったんです」。

描いていた理想と現実が噛み合わない状況が続き、深田さんはあることを決断。それは、完全予約制のコース料理に専念するということ。

「お店がある鶯谷という土地は歓楽街で、コース料理よりアラカルトの方が立ち寄りやすく、売上的にもよいのはわかっています。それでも、手を抜かずにひと皿に魂を込めているからこそ、目の前の一品にしっかり向き合ってくれるコース料理のみのスタイルに舵を切りました」。
オープン当初は作家さんの器ではなく、プレーンな白いお皿を使っていた深田さん。「せっかく気持ちを込めたコース料理を振る舞うなら、魂を込めた作家さんの作品に盛り付けたい」。そんな想いからギャラリーや展示会に通い、その過程で福村龍太さんの器に出合うことに。「気持ちの入った器を使うことは、作り手である料理人も向き合う姿勢が変わってきます」。

ルーツを辿る

奥さんと二人三脚で日々お店を切り盛りする。完全予約制のコース料理に切り替えたことで、フードロスも少なくなり、二人の繊細な手間ひまが今までにない楽しい食事を演出する。
2021年から店名を、『スペイン料理サルデスカ』から『sardexka』に変更します。

きっかけはコロナ禍での緊急事態宣言の発令。何が正しい情報なのかわからない状況の中、深田さんは自分自身と向き合う時間で価値観に変化が生まれたと振り返ります。

「僕が作る料理というのは何なのかを見つめ直す機会になりました。『スペイン料理』という看板を掲げると、現地の料理を忠実に再現すると思われる方もいて、心ない言葉やすれ違うような場面もありました。ただ僕は、石川県出身の母と東京出身の祖母がつくった料理を食べ、神奈川県で育ち、大人になってスペイン料理と出会い、東京で妻とレストランを開いた人間が料理をつくっています。

あくまで日本人としてスペイン料理に惹かれ、現地にはない野菜や山菜、白子など魚の内臓料理など、日本の旬な食材を用いてひと皿に表現しています。そんな想いで、スペイン料理という言葉を店名から外しました。気持ち的にはスッキリしましたが、ルーツにあるのはスペイン料理で、やることは変わりません」。

素材が持っている美味しさを最大限に引き出す

宮若市近辺の旬な素材を丁寧に生かしたスペイン料理。料理と器がひとつになることで、紡がれていく贅沢なひととき。
2月20日より開催した『陶芸家 福村龍太 展』。展示期間中には福村さんの器を用いて、喫茶室で開催された『sardexka』によるお食事会を開催。

「展示会でコース料理を振る舞うという初めての試みでしたが、うつしきの地に訪れるまでコースの内容は決めていませんでした。その瞬間にしか生まれない “即興” を表現したかったんです」。

今回のコース料理は、その時季その土地にある食材が生かされています。前日に宮若市近辺の道の駅などで旬な素材を仕入れ、その食材からイメージをめぐらせ、目の前のひと皿に表現していく。

「味はいろいろと足したくなるものだけど、自分の料理は素材の良さを最大限に生かすということ。そのことを常に心掛けています」。
その一瞬を味わうライブのような高揚感と、ひと皿に映画のワンシーンのような儚い美しさが同居した時間。初対面同士でも、美味しい料理を目の前に会話が弾むのはお食事会ならではの醍醐味。

深田 裕
1977年神奈川県生まれ。大学時代にスペイン料理に興味を抱き、渡西。サンセバスチャンのバルで約2ヶ月間働いた後、スペイン全土を旅してバルやレストランで食べ歩く。2002年に帰国後、都内と神奈川県内のスペインバル5店ほどで働く。2016年5月に東京・鶯谷で四季折々の食材を用いて、日本人としての感性を大切にした料理を提供している「sardexka」をオープン。

今回の対話を終えて素材や日本独自の調味料などを巧みな発想で使い分け、季節によって味付けを変えたりしながら、創意工夫を凝らす深田さんの料理。打ち上げで振る舞ってくれた料理もどれも美味しく、お酒の席でオーストラリアの伝統的な楽器『ディジュリドゥ』を吹ける即興力も見習いたいです。なにより、おいしいと感じる時間を共有することはなんて幸せなことなのだろうと、当たり前のことに気付かされます。
聞き手・文 : 小野 義明

[ 展示会情報 ]

陶芸家 福村龍太 展
日程 2021年2月20日(土)ー2月28日(日)
※期間中休みなし
時間 13:00-18:00