うつしき

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対 話 - TANE [ 後編 ] -

2021年11月、山香デザイン室・小野友寛展にあたり2日間のお食事会を開いてくださった「TANE」の太田夫妻。

前編では、おふたりの出会いから、お店を始める前に旅したインドで見た景色や考えていたことについて伺いました。後編は、いよいよ日本で活動を始めてからのことに迫ります。

「TANE」が醸す朗らかな空気をつくっているのは、一体なんなのでしょう。大切なことを大切にしながら、誰に対しても分け隔てなく扉をひらく柔らかさの背景に触れていきます。前編に引き続き、師走の夜長に温かくしてお付き合いくださいね。

後編 ―TANEをはじめてー
・エネルギーの交換
・できることしか、できない 
・「TANEらしさ」とは?

エネルギーの交換


―帰国して、いざ日本で活動を始めて。やっぱり飲食店としては「たくさん来てほしい、たくさん食べてほしい」と思いながら?

トヨ : まだお店を構えてなくて出店だけをしていた時に「500円で出して」って言われることがあって。とにかく200食作って、売って。でもそれをやると、ただ単にカレーを出して500円もらって、ということにしかならなくて。お金はたくさん入ったとしても、すごく、むなしくなってきて。

ミサ : うんうん。

トヨ : 自分たちがお店を出すときは、そこじゃないよねって。でも、できる限り沢山の人に食べてもらいたいっていう想いもあるから……そのバランスが、すごく、テーマというか。

―“豊かさ”という問いと繋がっているように聞こえます。

ミサ : ただ食べて回転すればいいわけじゃなくて。話をして気持ちの交換をすることとか、いつも来てくれてる人がちゃんと食べてくれることとかが大切で。あとは、想いのある農家さんから大事な野菜をちゃんともらって、あるものの中で出せる分だけのものをちゃんとだす。ただ売ればいいってもんじゃないな、と。

―とはいえ、現実的には葛藤もありませんか?

トヨ : そう。だから模索中。たくさんお客さんが来てくれる時には、商売する!みたいな感覚に自分がはまってしまって気付かなくなる時もあるから。自分たちがどこに着地するのか、どこのバランスにいるのかをずっと模索してる感じ。でも、それでいいのかなって。「絶対、これがベストだ」っていうのは、ないのかもしれない。

ミサ : 変わるしね。お金の考え方や使い方も、すごく変わってるから。

―お金の使い方?

トヨ : 例えば、うつしきに来た時にあまり値札を見なくなったとか。やっぱり値段を見るとどうしても「高いな、どうしよう」とか思っちゃうし。でも、できるだけそうじゃないこと、そのものに込められたことや背景で見ていきたくて。エネルギー交換というか。

―“エネルギー交換”、いつ頃からそういう感覚を?

ミサ : 営業を始めてからだよね。ここ5年くらいで本当に変わったかな。

トヨ : 自分たちが表現したものに直接対価をもらうということをお店で実際に繰り返しているうちに、循環っていうことを大切に感じるようになって。 とくに、想いのある農家さんの野菜を直接使わせてもらい始めてから、その人のエネルギーが自分たちを通して誰かの身体に届いているって感じて。

―その為にはお金を介さざるを得ない。そのあたりで感じていることってありますか?

トヨ : ん-……。あ、そういえば、最近勝手にやってることがあるんやけど。試作で一度に数十人分とか作ったら、それをご近所のひとに配ってて。そうすると少ししてから、これ食べてって、カボスや柚子ジャムなんかをもらったり。今回の食事会の試作も、近くに学生が集まってるお店があるからそこに持って行って。

―エネルギーの交換が!でも、飲食店には勇気のいることですね。タダで配ったら、翌日お店に来たかもしれない人が、来なくなるかもしれない。

トヨ : そう!それは自分も最初、思って。お金を払って食べてくれる人もいる中で、あげるってどうなんかなぁとか。でも、それまでは基本的に自分たちで食べきれない分は破棄しないといけなくて。そのことを考えると、大事なことはそっちじゃないよなって。頻度は月に1.2回だけど、少しだけ“豊かさ”が見えるというかね。おもしろくもあって、実験している感じかな。 日本に住んでて、お金を使う楽しみも持ってる以上は「豊かさってお金じゃない」とか言うんじゃなくて、こういうことでバランスが取れたらいいなと。

できることしか、できない 


―日々の中で、ひとつひとつ感じることを積み重ねて進んでいるように見えます。

トヨ : うん。加えて、コロナ禍でいろんな縁が繋がって動き始めることもあって。お話会をTANEで開かせてもらえたり、ヨガのかなり大きなイベントで出店させてもらえたり。そうするうちに、お店として新しい問いも出てきて。カレーを作って出すという以外でも、自分たちにとって大切なことと誰かの接点を増やすようなこともやっていきたいなぁと。縁がちょっとでも広がればなって想いで。

―「伝える側」になりたい?

トヨ : うーん、どうやろ。あくまで自分たちができる範囲のことをやりながら、そこから派生するくらいの感じで……

ミサ : あっ。伝えるというより、シェアする?

トヨ : あ、うん、シェアするやなぁ。

ミサ : この前も、退院後初めての外食ですとか、体がポカポカして調子がいいですとか言ってもらうことがあって。食べた後に自分の身体がどうなるかを教えてもらえたり、知恵を共有したり。 私たちだけが何かを伝えるというよりも、お互いに意見や体験を話し合うことで一緒に勉強する、みたいな感じなのかも。みんなで。

―「伝える」よりも双方向な感じですね。

トヨ : スパイス料理を教える機会でも、逆に自分が学ぶことや気付かせてもらうことが沢山あるんよね。

ミサ : 今回うつしきで販売させてもらったスパイスキットにも「あなた次第」って書いていて。私たちが言ってるカレーが全てじゃなくって、作ればそのひとのカレーになるから。

―それにしても、不思議です。新しい方向性を見つけたときの人って、もっとメラメラしている気がするのですが、おふたりからはそういう感じがしないというか。

トヨ : とてもいいバランスだからかもしれない。今、すごくバランスよく活動させてもらってると思っていて。コツコツ日々のことを日常としてお店でやって、たまに外で食事会をさせてもらって。

ミサ : それぞれの場所で、出会いもあって。

―等身大のまま生きているように見えますが、例えば“理想”みたいな情報がどんどん入ってくるこの時代にそういうことで焦ったことはないですか?

トヨ : あった、あった。店やって1,2年目のときに結構そういう気持ちが強くなって外に目が向いてたんやけど、でも、今はね。別府駅前のあの場所が愛おしくなってる。

ミサ : 暮らしとお店の距離がもう少し近くなるといいよね、とは話しているけど、まだ明確でもないし焦ることは全然してなくて。 たぶん、今もし理想的な場が用意されても私たちにはできないと思うから。急に、バッとはいけない。着実に、確実に。

―できることしか、できない?

トヨ : そうやね。営業形態にしても、一杯500円というのは違うけど、3000円の予約制しかありませんというのも違う。もし完全予約制にすると、いつも来てくれている人は来れなくなる。サラリーマンみたいな人とか、近所のおばちゃんとか、そういう人の気持ちが分かるし。

―変わらない毎日の景色が浮かびます。

トヨ : 日常ということを、すごく大事にしていて。ハレとケのバランスというか。全部ハレにすると、ルーティンができなくなるとか個人的なことにも繋がって。毎日繰り返す朝のヨガ、仕込み、お店での時間、その流れを崩してまで何処かで何かをっていうのは違うのかなぁ、今は。

「TANEらしさ」とは? 


―改めて、「TANE」は何屋さん?

トヨ : なんやろうね、一般的に言ったら、「南インドのミールスをやってます」「カレー屋です」みたいな。それでいいのかなって。
でも実は、今回うつしきでの食事会は自分たちの中で初めての挑戦を盛り込んでいて。前回の食事会までは、南インドのミールスという形の中でできる限りのことをしていたんやけど、今回はその枠自体を取り払って、“今自分がやりたいこと”と“できること”のミックスでやってみて。

―そうだったんですね!たしかに、ミールスではない”新しいスパイス料理”を頂いた印象でした。

トヨ : これまではインドで学んだレシピだけを提供することにこだわっていて。そうじゃないアレンジをするのは偽物になる感じがして嫌な気持ちと、伝統の中ですごく申し訳ない気持ちがあったから、枠を出ないようにしてたんやけど。

―どうして新しい挑戦をしようと?

トヨ : この1年間で農家さんのもとに通ううちに、農業が自然に左右されている様を見させてもらって。あるものはある、ないものはない野菜同様、自然に即した料理がしたいなと思うようになってきて。もしもその時期かぼちゃしか採れなくても、それをなんとかするような。コロナ禍でしばらくインドに行けてないことも大きくて、そろそろ「TANEの形」で料理を作っていかざるをえない時期に来たというか。

―となると「TANEらしさ」はなんでしょう。

トヨ : それはもう、今回話したこと全部かなぁ。逆に、そうじゃなくなってたら、「TANEらしくなくなってる」のかも。 もしも味覚がなくなって料理が作れなくなったとしても、自分の思う“豊かさ”を見つけられたらなぁ、と。

ミサ : そうだなぁ。料理という形をとらなくなったとしても、私たちが心動くことを共有していけたらそれが私たちらしさじゃないかな。お店に来たことで、その人の日々に何かひとつ加わるような。それが知識であっても身体の変化であっても。そしてそのことを教えてくれることが最近すっごく嬉しいから、その延長線上に「TANE」があればいいかな。

今回の対話を終えて後編では、「TANE」の今とこれからについて伺いました。今回の対話中、おふたりから一番多く聞こえた言葉は”バランス”。生き方にしろ嗜好にしろ、両極を知った上でどちらも受け入れようとする在り方が、彼らの醸し出す朗らかな”何か”の正体かもしれません。

これからは南インドのミールスという枠に留まらず、タイミングに身を委ねながら食表現の幅をますます自由にしていくであろう「TANE」。けれど同時に、ほとんどのことは変わらないまま、いつものように来る人を温かく迎えてくれるはずです。どうか、あなたの日常の一部に「TANE」がありますように。

聞き手・文 : のせるみ

[ 展示会情報 ]

山香デザイン室 小野友寛 展
「残影」

11月27日(土) – 12月5日(日)
期間中休みなし
13時 – 18時

◯12月4日(土)5 日(日)
TANE お食事会
11:00
12:00
13:00
14:00
※予約制

¥3,500
(ベジタリアン料理3品、デザート、ドリンク付き)