うつしき

うつしき

対 話 - えみおわす [ 前 編 ] -

「この景色は、タイやラオスで眺めた景色に似ているんです」。

岡山県・吉備中央町で、自然素材と古くから伝わる日本やアジアの手仕事で服づくりをしている『えみおわす』の阿部直樹さんと順子さん。

土地に根付きながら、ヤギや犬など動物に囲まれ、四季折々の自然と暮らしの楽しみを噛みしめる日々。

“憧れを憧れで終わらせない”

そんな想いと、土に近いものづくりが、日々の暮らしと身体に馴染む衣をつくります。

アジア各地の伝統的な布をめぐる旅へ

大学浪人時代に体の不調があり、そこから食べるものや生活のリズムの大切さを知った直樹さん。2年間食品関係の会社に勤務後、そこから各地を旅することに。

 

『えみおわす』の服づくりの原点は、アジア各地の伝統的な布をめぐる長い旅から生まれます。

もともと服が好きだったというふたりは、いつしか手縫いで自分たちの服を作るようになり、布や衣を見つけることが旅の楽しむのひとつに。

「村の人たちがつくる昔ながらの民族服をヒントに、僕ら日本人でも普段の生活で着やすいシンプルな服が欲しかったんです」。

『えみおわす』では直樹さんは主に染色や生産管理、展示企画を行い、順子さんは、デザインやパターンを引くなど服の制作を担当。

 

標高2500mのヒマラヤ地方、タイやラオスの奥地、インド、そして日本。

各地の村やコミュニティを訪ね、自然とともにある暮らしを見つめながら、その地に根付く手仕事に触れていったふたり。

「手仕事に惹かれた理由は、インドで生産される手織り生地『カディ』との出会いが大きいです。カディの布を触れた時に、糸の太さが不均一、織りの強さもバラバラで、布は糸からできているという当たり前のことに気づかされました。

一枚の布は綿や麻などの植物からできており、そこから原料ができるまでの過程や素材自体に強く惹かれ、それで自分たちでもインドの生地を用いて、自分たちの服を手縫いで作り始めた時に手縫いの良さとともに、時間がかかる、という大変さにも気づきました」。

タイの小さな村に住むお母さんが縫製した手縫いの一着

「アジアの生活着や民族服には、少ない手数できちんと服になるものがあり、単純だけど合理的で、生地を無駄にしない。そんな作り方に憧れます」。(直樹さん)
 
ふたりは旅の途中、ここだと思う村があれば、荷をほどき長く滞在。観光目的ではなく、その土地の暮らしや自然環境に身を置き、村人たちの暮らしや手仕事に出会ってきた。

『えみおわす』にとって大きな転機となったのが、偶然出会ったタイの小さな村に住むお母さんが縫製した手縫いの一着。

「手間暇がとてもかかるし、日本の既製服では考えられません。彼女に僕らの作ったパターンを使って服を作ってくれるかと聞いたら、最初は難色を示されたけれど、順子がその村の伝統的なステッチをつかってサンプルを作ったら、『日本人なのに、私の縫い方で服を作ってきた!』と感激してくれて、そこから僕らの服を縫ってくれるようになりました。

何度もやり取りを繰り返しながら理想に近づけていく。すべてが手探りでしたけど、そうやって僕たちの服づくりは始まりました」。

記憶の中の景色

東京に住んでいた頃は、八王子の山の麓に一軒家を借り暮らしていた。いつかは自然の中に家を建て、服をつくる日々を過ごしたい。ふたりにはずっとあたため続けた未来像があった。
東京で暮らしていた頃は、同じ価値観でものづくりを営む仲間が周囲にいたこともあり、移住のイメージは持ちながらも、なかなか動き出せずにいたふたり。2011年の1月、ふたりの間に息子の壮汰君が誕生。

「子育ては自然豊かな土地で過ごしたい」。かねてからそう話していたふたりは、移住する理想の場所を探していました。

「そんな矢先に起きたのが震災でした。すぐに移住をしようと」。

友人の勧めでたどり着いたのが岡山県の吉備中央町。

何にもない里山に家が点在している光景は、タイやインドの好きだった町の景色によく似ていた。

「この土地を紹介された時にハッとしました。ずっと記憶の中にあった景色を見つけたような気分でした」。

家の正面には畑を耕し、食卓には畑で採れた新鮮な野菜が並ぶ。動物小屋では山羊のメメとセブンが草を食み、犬のチャコが自由に散歩している日常の光景。

20年以上手つかずだった鬱蒼とした雑木林を切り拓き、服をつくるためのアトリエと住まいが一体になった住居は、2年もの月日をかけて地元の大工さんとともに作り上げました。

「タイやインドで一緒に仕事をしている人々の暮らしは、昔ながらの自然に寄り添った生活で、とても健康的で心地の良いものでした。

自給自足で生活し、お米や野菜と同じように綿を植える時期が1年のサイクルの中にあって、収穫したら手で糸を紡いで、伝統的な腰機で布を織る。日本では見られなくなった生活が今も色濃く残っています。そんな暮らし方に憧れがあり、この地でこれからも実践して日々過ごしていきたいです」。

手仕事が生み出す風合い

インタビュー中にサイズ違いの生地が届く出来事も。何度もやり取りを繰り返しながら、理想の形までできあがる。
 
3月20日(土)より開催される『えみおわす 展』。

今回の展示には衣服をはじめ、直樹さんがタイに行く度に蒐集していたカレン族の匙や器なども並びます。

服づくりをはじめてから実店舗等を持たず、展示会など通じて直接販売する方針に重きを置いてきたこれまでの歩み。

どうしていまでも対面の販売にこだわるのだろうか。

「対面を通じて、お客さんとのやり取りの中で嬉しいのは、お客さんが着て喜んでいるのを見る瞬間です。服を購入した後、どういう風に着られているのかっていうのは怖くて聞けなかったりするんですけど、『こないだ買った服すごい着ています』と言っていただくと、やっぱり嬉しいですね。

なるべく展示する場所に訪れ、お客さんと交流しながら、選んでもらう。お客さんの声を直接聞いて、またそれが次のものづくりのエネルギーになっていく。そうやって直接展示会で販売するということが、今でも続いてるんだと思います」。

えみおわす
岡山県・吉備中央町を拠点に、阿部直樹さんと順子さん夫妻が手がける衣服「えみおわす」。インドヒマラヤ地方の手紡ぎ、手編みのニット、タイ北部の小さな村で手織りした布や日本各地の機屋で織られた布を用い、服やかばんなど、天然の素材と手仕事にこだわったものづくりを営んでいる。
https://emiowasu.com/

今回の対話を終えてコロナ禍でなかなか海外に訪れない現状。ふたりはオンラインを通じてコミュニケーションを取りながら、村の縫子さんとともにものづくりを行っています。時にはお互いの齟齬がうまれ、理想とは違う状態になることも。それでも大事にしているのは、手仕事の魅力を伝えていきたいという想い。「やり取りの中で心掛けていることは特になくて、気づかされることの方が多いかもしれません」。国を超え、手仕事が生み出す風合いは、どのように空間に並ぶのか。いまから展示が待ち遠しいです。次回の後編では、『えみおわす』の衣服ができる過程や暮らしついて執筆予定です。
聞き手・文 : 小野 義明

[ 展示会情報 ]

えみおわす 展
日程
2021年3月20日(土) – 3月28日(日)
※期間中休みなし
作家在廊日
3月20日(土)
時間
13:00-18:00