“心の声に従うこと“。
さまざまな土地で出会った織物、大切につくられた革を用いて日々の道具や飾りものを夫婦で制作する『野 原』の佐藤 健司さんは、この想いを胸に抱いているといいます。
長野県の高原に佇む小さな古民家に拠点を置き、野山の恵みや人々から着想を得て、季節の巡りと共にものづくりをする日々。
前回の対話を経て約一年半。東京から長野県佐久市に居を移した佐藤さんが、自然に委ねる環境に身を置いて、どのような心境の変化がうまれたのだろうか。
そして、ものづくりに対する好奇心の原動力は、どうやって育まれたのか。そこには、好奇心に蓋をせず、心の衝動に従う素直な力にありました
長野の地に居を構えたのは一年半前のこと。縁あって移り住むことになった古民家は、薪ストーブや掘っ建て小屋が併設した豊かな土地。何より山には豊富な恩恵があります。植物は同じ場所に生えながらどれも違う形をしていて、土地の恵みを受け、光に向かってまっすぐ伸びている。
佐藤さんの生活リズムも、太陽と月を意識した過ごし方になったといいます。日の出とともに目が覚め、日が暮れたら家でゆっくりと過ごし、心身のリズムを整えものづくりと向き合う日常。
飼っているヤギと散歩兼食事の時間には、植物の様子や季節を知らせる鳥の声を感じながら、制作の糧にしていきます。
移住の際に心配をしていたのが真冬の気温。周囲の植物が枯れ、体感温度がマイナスになることも珍しくない環境の中、些細な風景に目を細める。睡蓮の芽や小さな草花の美しさなど、何気なく見過ごしてしまいそうなものにも、生命は宿っている。
「都心と比べ情報が少ない環境だからこそ、浮き彫りになって感じ取れる美しさがあります。毎日表情を変え、いつも穏やかな空気が流れる長野の暮らしは心地よいです」。
人生は「出会い」や「巡り合わせ」によって形作られ、ときに思いもよらぬところに導かれます。
友人を介して出会った、高知県四万十にて全て手作業で革のなめしを行なっている『四万十革屋』大久保陽平さんとの出会いは、必然ともいえるような巡り合わせ。
大久保さんの鹿革つくりは、機械など使わずに、原始的な手作業のみで鞣して染めます。
草木や水のひかり、その色にひとつとして同じものがないように、革の表情は、時間を糧としてその生を養い、一つの人生のような物語を醸し出していく。
人と人とが影響し合うみたいに、ものと人も影響し合う。
長い年月を経て作り上げた鹿革は、佐藤さんの手によって財布や革小物として映し込められます。
展示前に心掛けている事は、熱量を循環させること。最大限の意識を展示に対して向け、精神と肉体を整え、丹念にものづくりと向き合う。
二度目となるうつしきでの展示では、京都を拠点に一筋の光を産み出している『rinn to hitsuji』さんの蝋燭。『四万十革屋』大久保さんの鹿皮。『野 原 × i a i 』の作品やお財布や鞄など、120点近くの作品が並びました。
今回の作品群の中には、昨年の冬から取り組み始めた、自身を掘り下げたアートワークも展示。
「目に映る風景には、その人にしか見えない記憶があります。その風景を作ること、暮らしに豊かさを生むことが自分にとってのアートワーク。用途という実用性とは別に、存在しているだけで意味があるものを形にしたいと思っています」。
「ものをつくることは、自分にとって癒やしでもある」。
いつでも刺繍ができるように、どんな場所でも持参するのは針や糸。
佐藤さんの中で、生きることとものづくりは繋がっています。
その原動力になるのは、人が喜んでいる姿。そして、作るものへの興味や関心が移ろうなかで、変わらずに大事にしているのが、素直であることだといいます。
「大切なのは日常に目を向けて、体を動かして『まず、作ってみる』ことかもしれません。ここ最近では、硝子という素材に惹かれています。学ぶ時間がないからと、好奇心の蓋を閉ざすのではなく、時間を作ってまずは取り組んでみる。そうした過程は、どこかで必ず繋がって、日々のものづくりの糧になると感じています」。
今回の対話を終えて自分の声に正直に従い、生きていくことは難しい。もしかしたら、そんな思いを抱く瞬間があるかもしれません。聞き分けよく、まわりが求める自分の姿に近付こうとするために「素直」であろうとするよりも、自分の心の声を大切にして、自分の直感に「素直」であるほうがいい。佐藤さんのこれまでの歩みは、一瞬一瞬に心を寄せ、手元にあるものを喜び、日常を豊かに耕していくことの大切さを教えてくれました。
聞き手・文 : 小野 義明
野 原 作 品 展
“巡る風や”
ながれながれ 息吹の風は
過去の光が集う約束の旅路
動物はまなざしを持って私たちに寄添い
植物は風に乗って人を撫でる
幾重にも重なる記憶の欠片を道しるべに
冬の間に紡ぎ続けました
春の陽に包まれて
野原の片隅で会いましょう
高知県四万十の鹿革
日陰で身を潜めていた布革の端片
大切に受け継がれた古き布
長い旅路の果て
私たちの手に巡って来た愛おしい子たち
日々使うお財布や鞄
衣や包み、用を持つも持たぬも
手指心伸
素直にひらめき つむぎやつむがれ
うつしきに吹く春の風や