”人を元気にすること”
「うぐいすと穀雨」店主の鈴木菜々さんの活動の原動力には、この想いがあります。
当たり前のように過ぎる日常の大切さを思い出させてくれる、パンやお店に込めた想いを伺いました。
東京・雑司が谷にある「うぐいすと穀雨」。階段をあがり、木製の扉を開けると、鈴木さんが丹精込めて作ったパンと焼き菓子の芳ばしい香りが迎えてくれます。
店内は古道具で統一。人がずっと使っていたものを継ぐことに魅力を感じるという鈴木さん。それぞれの持つストーリーが折り重なるように心地い空間が生まれています。
内装を手がけたのは「はいいろオオカミ+花屋 西別府商店」の佐藤克耶さん。お店を持つと決心した翌日、青山にある店舗を初めて訪ねた時に、古道具と生花という対になる要素が共存する空間を見て、設計を依頼したとのことです。
「古いものを見ると、昔ものがなかった時に大切に使って継ぎ当てたり、縫ったり、形を変えて工夫していたことを強く感じます。そういう暮らし方の精神を大切にしたいです」
「うぐいすと穀雨」――ある詩の一小節のような叙情的な店名。
店名の「うぐいす」は、春がくることを表す七十二候の「うぐいす鳴く」という言葉に由来します。二十四節気の「穀雨」は、夏に穀物が育つために必要な春の終わりに降る雨という意。冬枯れの枝に、うぐいすがやって来る。蕾が膨らみ、花が咲き始め、うぐいすは飛び立ち、葉が茂る風景。
この2つを合わせた店名には、季節が移り変わっていくように、ときの流れの中で、人が立ち止まって、おなかを満たして心を落ち着けられる場所になってほしいという想いが込められています。
「食べることで得られるエネルギーと、空間で時間を過ごすことで得られるエネルギーが両方あると思っていています。お腹に満たされるものや栄養だけじゃなく、耳から入ってくる音楽、視界で感じる情報、古い家具や飾られているお花、一緒に空間を過ごしている人達の気配などを全部感じた上で、自分の心に何かを残してもらいたい。場所があって初めて、自分のやりたいお仕事が完成するとずっと思って、こういう場所を作りました」
高校生の頃は洋菓子に興味があり、パティシエを目指そうとしていた鈴木さん。
ある時期、特別な日に食べる洋菓子ではなく、毎日当たり前のように何気なく食べ、その積み重ねが明日へと繋がっていくものを作りたい。そう決意した鈴木さんは、24歳の頃に初めてパンを作ります。
「頭で考えたり、本を読んだり、調べたりするのとは違う感覚で、パンのことがわかる気がしました。それは最初から上手に焼けたということではなく、何度も繰り替えし、生地と向き合うことで少しづつ相手のことが理解できるというイメージです。日常の中で、必要なものだという点にも惹かれました」
鈴木さんがつくりたいのは、毎日食べるパン。
試行錯誤を重ね、パンの味だけではなく、形、佇まい、すべてのバランスを考えでき上がったのが、看板商品である食パン「まいにち」。
”毎日朝ごはんを食べて1日を元気に過ごせますように”という想いが込められています。
瞬く間に過ぎていく日々。だからこそ、当たり前にしていたことができなくなったとき、人はふと気づく。その当たり前がいかに素晴らしいのかを。
「うぐいすと穀雨」で過ごす時間は、当たり前のように過ぎる日常の大切さを思い出させてくれます。
「はいいろオオカミ+花屋 西別府商店 展」では、喫茶室にてトーストプレートと焼き菓子を提供。
展示会の喫茶室には、「うぐいすと穀雨」の扉を開けたように、おいしいパンとしみじみと眺めていられる古い家具があって、焼き菓子の香りがバランスよく調和していました。
今回で二度目となる出店では、どのような想いで臨んだのだろうか。
「うつしきで過ごす時間と、共にある景色が五感から身体と心に与える作用を共有し、日々の選択が軽やかになるような、そんなきっかけになれればと想い臨みました。心にも身体にも”栄養”となって、パンを食べて、少しでも食べる前より元気になってもらえたら、そのことが、私がパンを作ることで得られるいちばんの幸せです」
今回の対話を終えて展示前に、取材で訪れたお店。高校時代に陸上部のマネージャーをしていた時のエピソードも教えてくださいました。当時先生に「菜々の声は人を元気にする力がある」と言われ、そこから人のために何か元気付けられることをしたいと思うきっかけになったそうです。「元気になれる場所をつくりたい」という揺るがない想いは、取材合間にお話をさせていただいても、鈴木さんがその場にいるだけで不思議とみんな笑顔になり、ご自分も意識しないくらい、一人ひとりの笑顔を自然と望んでいると感じました。
聞き手・文 : 小野 義明
はいいろオオカミ+花屋西別府商店 展
Лесное зеркало – 森の小さな鏡 –
いつもあなたの近くに
不思議な世界への入り口は存在しています
あなたにはそれを決して忘れないで、
いつまでも過ごして欲しいです
6月20日(土) – 6月28日(日)
期間中休みなし
13時 – 18時