うつしき

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対 話 - 八木 良介 -

LIFT 八木 良介さんの活動は枠にとらわれない。

東京・早稲田でギャラリー / スタジオ『LIFT』を運営後、大分県杵築市山香町に移住。

内装や家具製作に始まり、ライブや演劇の空間構成まで幅広く”空間”にまつわる活動をしています。

ひとつの肩書や役割に縛られずに、職人として技術を高め、デザイナーとして内装や空間演出を行い、アーティストのように家具やオブジェを作り続ける。

興味や好奇心に突き動かされ、自然体で空間と作品に向き合う。

八木さんの自由なものづくりの発想のひとつに、“頑固に柔軟に”という指針を大事にしているといいます。

東京での生活


幼い頃から、絵を描くこととものづくりが好きだった八木さん。

既成概念に囚われない発想を育んだのは、東京のアートスクール『セツモードセミナー』で過ごした日々でした。

多様な人たちがが入り交じり、いまにも繋がっているたくさんの出会いを経験したと振り返ります。

20代前半には舞台の現場と内装の仕事に取り組み、仕事が終わった後は夜な夜なアトリエで家具作りを行い技術を自ら理解し体得してきました。

さらに研鑽を積んだ八木さん。自らリノベーションできる理想的な空間を追求し、2007年にギャラリー / スタジオ『LIFT』をスタートさせます。

同時期に、蚤の市などで机や椅子などの古道具を集め、改修を行い始めました。

LIFTはオープン当初から軌道に乗ります。広告や雑誌撮影の写真スタジオとして貸し出し、作家さんの展示をし、ライヴや演劇などそこに立ち会った人たちが家具を購入。

お店を出したい人からは内装の依頼がきて、アーティストからは空間演出の機会に恵まれます。

様々な仕事で日本各地をまわるうちに、東京では出来ない地方の可能性を感じたと振り返ります。

東京は住む場所ではなく、仕事として行く場所でも良いのではないかと芽生え始めた時期ともいいます。

山香町に移住


30代前半、八木さんは東京から大分県杵築市山香町に移住することを決断。

当時の自分の力にあった丁度いい造りの築150年ほどの古民家に出逢います。

東京にいる周囲の人からは「30代に突入して、いまから仕事で脂が乗りだしていく時期だから、有名になって金稼いで10年後くらい移住すればいいんじゃない」という意見もあったといいます。

それでも、“身体がいちばん動ける時にやっておきたい”と八木さんは決意。1年間ぐらい2週間ごとに東京で仕事をし、東京、大分を往復して、自らの手で古民家を改装していく日々。

新しい挑戦として、知り合いも少ない状況のなか、材料の手配や地道な作業を重ねてきたと想像に難くありません。

持っている技術を最大限に活用をして、約2年の月日をかけて、理想の家を完成させます。

ものづくりを通して出会った人々を起点としながら、顔が見える関係性を築き、山香での暮らしを深めていきます。

店舗にしか味わえない体験

うつしきの周年企画として、9月19日より開催した『LIFT 八木良介 展』。

展示会のタイトルは『空間サーカス』。

この言葉を聞いてどのような空間を想像するでしょうか。

在廊しながら家具や照明を作り、展示中に日々刻々と変化する空間。展示には、八木さんが長年蒐集してきた古家具古道具も並びました。

近頃は実店舗へ行かなくてもネットから即座にほしいものが手に入ることができます。それでもわざわざ展示会やお店に足を運びたいと想うのは、お目当ての作品があっても、それよりも興味が惹かれるものに出合ってしまうことが楽しいから。

そして、空間構成やディスプレイから作り手の考えや美意識に触れられるからではないでしょうか。

頑固に柔軟に


週末の喫茶では、暮らしの拠点を山香に移した「てのぎ」さんと、髙倉優仁子さんの食事会をそれぞれ開催。

展示最終日には、八木さんが舞台演出を手掛けたbaobab演奏会。

演奏会の会場設営の時間。限られた時間のなか、八木さんは言葉にしない代わりに人一倍深く物事を考え、開演まで粛々と行動に移します。

「意識しているのは演者と観客を整理しすぎないこと。あくまで自然体な状態で、ミュージシャンと観客の距離感を心がけています。演奏会の椅子をひとつとっても、背もたれが深い椅子なのか、少し硬い椅子なのかで、演奏会と向き合う姿勢に変化がうまれる。空間は細かい様々な要素からできあがるからこそ、奥深さを感じています」

技術はもちろん豊富な知識も必要。それでもやはり、最後に頼れるのは自らの目と美意識なのだろう。

舞台をぐるりと囲む円形の劇場は、どこかのサーカス場に迷い込んだような感覚になり、まさに”空間サーカス”な時間。

秋の夜風に季節の移り目を感じ、外から伝わる鳥や虫の鳴き声、子どもから大人まで会場全体がひとつになるような演奏会。

あの瞬間の景色は、一緒に空間を過ごしている人達の気配や込み上がる感情含め、目の前で体感しないと伝わらないものがあります。

最後に、木工の技術などまだまだ学びたいことはたくさんあると語る八木さん。

「頭の中でできるものに手や技術が追いつかなく、とにかく作り続けて鍛えていかないといけない。でも、技術がついてくると創造力が欠けてくる場面もあります。きれいにうまくだけでなく、曖昧なものが好きなのかもしれません」

境界線を引くのではなく、譲れない価値観や美意識を大事にしながら、空間という答えの出ない問いかけを目の前に、これからもものづくりを続けていくのだろう。

今回の対話を終えて八木さんが運転してきた2tトラックに積まれて並べられた古道具には、自分が生まれていない時代に使われていたものもある。古い家具や道具を使うことは、過去を見るのではなく、歴史を想像しながら今を見つめることなのかもしれない。そんなことを考えながら、遥か彼方の作り手や繋ぎ手に思いを馳せ、暮らしを愉しむのでした。
聞き手・文 : 小野 義明

[ 展示会情報 ]

LIFT 八木 良介 展
日程 9/19(土)-9/27(日)
時間 13:00-18:00