うつしき

うつしき

対 話 - TANE [ 前 編 ] -

2021年11月、山香デザイン室・小野友寛展にあたり2日間のお食事会を開いてくださった「TANE」の太田夫妻。

温泉街で有名な大分県別府市の駅前にお店を構えて3年目となる現在、気持ちの良い笑顔が印象的なスタッフや3歳となる愛息子・祝くんの気配を含んで、美味しい南インドのミールスと共に来た人が朗らかになるような “何か” を提供しています。

私はその “何か” のバランスが気になって、豊茂(トヨ)さんだけでも美沙(ミサ)さんだけでもきっとその“何か”は誕生していなかっただろうという予感を胸に、2回目の取材となる今回は夫妻にお話を伺いました。

窓越しに揺れる冬らしい木漏れ日と、うつしき愛犬ウメの鳴き声をBGMにあっという間に過ぎた夕暮れの数時間を、前編・後編に分けてお届けします。ストーブのそばで温まりながら、「TANE」のこれまでとこれからを覗いてみてくださいね。

[ 過去のインタビュー記事 -TANE- ]

前編 ―TANEになるまでー
・出会いのきっかけ
・原体験、“豊かさって?”

出会いのきっかけ

―夫妻で取材に答えることは今までなかったとのことですが。元々「TANE」をやりたいと言い始めたのはトヨさんだったんですか?

トヨ : いや、2人で。なにか表現したいねという話から、自分たちにできることを探したら「食」やなぁと。お互いそれまでそれぞれ食に関心があったり働いてきたりしていて。

―そもそも、お2人の出会いは…?想像できないけど京都のDJ時代とか?

トヨ、ミサ : (笑)

トヨ : 全然それより前に、18歳の学生時代、留学先のカナダで。でも僕が行ったときにミサは帰るみたいな感じでほんの一瞬やったんやけど。連絡先だけ交換して、それからたまに連絡をとって遊ぶ…みたいに、友達関係を続けてた感じかな。

―どうして恋愛に?

トヨ : 当時18歳の時はお互い全然「食」とか興味なくて。いわゆる学生的な遊びとかをしていて。

ミサ : そうそう。

トヨ : それから8年後くらいかな。僕がDJを続けていた26歳とか27歳の時に、「このままの生活やと身体壊すな」と思って。朝まで飲んで遊ぶような生活だったから。
で、偶然そのころ知りあった人が、タイ古式マッサージをタイのチェンマイで学んで、インドでヴィパッサナー瞑想して帰ってきた、みたいな人やって。その人の話を聞いたら自分となにもかも真逆すぎて、衝撃で。それをそのまま自分もやってみよう!と。

―へぇ。

トヨ : 。仕事は全部辞めて、まずはチェンマイに数か月。そろそろ帰国しようと思った頃に日本で3.11(東日本大震災)があって、急遽1年くらい帰国するのを延ばしてその足で初めてインドに行くことにして。そこで宗教上ベジタリアンの人に囲まれて過ごすうちに、自分もお酒や肉はとらなくなってきて、初めてその気持ちよさを知ることになったというか。どっちにも良さがあるから、バランスは大事なんやけど。
オーロヴィルという町にある瞑想ホール。

―ところでミサさんは、その頃どういう生活を?

ミサ : 私は就職で地元に帰ってからは総合病院で働いてたけど、図書館員になりたかったから司書の資格を取って図書館で働き始めたころかな。それで、ちょうどそのとき体調不良が出始めて。生理痛がひどいとか、良くわからないブツブツができるとか。原因が分からなくて、どうしたらいいんだろうって探すうちに、冷え取りとかマクロビオティックとか自然療法とかに行き着いて。そこから体のことに興味を持ち始めて調べていったら、ヨガや瞑想を知って。興味があるなぁ、やってみたいなぁ、と。

―それで、トヨさんと。

ミサ : もともと連絡は繋がってたから、インドに行ったとか、瞑想やヨガをしたとか、べジになったとかいう話は聞いてて。それまでは、ねぇ。パートナーとしてはあまり「好きなタイプ」じゃなかったからさ、ないなって。お友達としては、いいんだけどね。(笑)

トヨ : ははは。

ミサ : でも、自分が興味のあることをやり始めたタイミングが同じだったから。「この人と生きていくとどうなんだろうな」って思い始めたんかな。お互いちょうどいいタイミングだったというか。

トヨ : それから1年後に帰国して、遠距離で付き合ったあと、結婚しようってなって京都で一緒に暮らし始めたよね。

原体験、“豊かさって?”

―その後すぐに「TANE」が見えたんですか?

トヨ : 全然。どこかに勤めるよりは2人で何かやれたらいいね、とは話してたけど。

ミサ : うん。最初はスパイス料理をやるとか、お店の名前とかも決めてなくて。なにする?みたいな。お互い食に触れる場所で働いてたとか、私はオーガニックコットンの下着の店で働いていたとかもあったから、なんとなく食べるものとか体のことっていうのはあって。

トヨ : そやね。

ミサ : でも、まずは、2人で海外に行ってみたいよねって。それまで私はバックパッカーみたいに海外に一人で行く勇気がなかったから、そういうことできる人と一緒にいたら勇気がない部分をヨイショと持ち上げてくれるかも、みたいな。したたかさもあった(笑)

―それで、2人で旅へ?

トヨ : 1年くらい、インド中心に旅をして。

ミサ : いろんな勉強をしたよね。しばらくレストランで働いたり。

トヨ : それは大きかった。知識はあっても経験がなかったから、こうやってやるんやぁって。実体験を通して、身体を通して分かることがたくさんあるってすごく感じて。

ミサ : ホームステイもしたから、家庭のお母さんの料理と、レストランの料理と両方知れたことも良かった。

トヨ : その途中で「TANE」の名前も決まって。単純すぎるかなってボツになってたんやけど、やっぱり、戻って。

レストランで仕込みを手伝っている様子。人によって料理のやり方や教えてくれることが異なり、二項対立で正解をひとつに定めるのではなく「どれも正しい」と思う先に、自分なりの自由な答えが見つかると感じた。

―旅の最中、よく話していたことってありますか?

トヨ : あれじゃない?ラダック。

ミサ : そう。それからずっと、私たちのテーマだったね。

トヨ : 「懐かしい未来」っていう本の舞台にもなってる、インドとチベットの国境辺りの地方なんだけど。その本は、独自の豊かさが出来上がっている(昔の暮らしをしている)ところに西洋人が入っていって、どんどん暮らしが崩れていく話で…。

―そんな話が。

トヨ : ひょんなことからそのラダックの中でも田舎の、中心地から4.5時間バスに乗って辿り着くような村に行くことになって。

ミサ : 1日に1本しかバスがないような場所でね。バスの中も、こう、ぎゅうぎゅうで。

トヨ : 自分たちはひとつ当てがあってそこに向かってたんやけど、バスに乗ってるあいだにひとりのおじちゃんが、すごい親切にしてくれて。君たち座って座って、とか。

ミサ : 「何かあったら電話しなさい」って感じで、電話番号を渡されて。

トヨ : でも、ぼくらには目的地があったから。受け取ってそのまま別れたんやけど、そのあと目指していたところにうまく辿り着けなくなってしまって…。泊まるところもなくて結構やばいってなった時に、「あ、そういえば!」みたいな。

―まさか!

ミサ : ふふふ。

トヨ : それで、電話をかけたら「来なさい」って言ってくれて。行ってみたら、一階が牛小屋で、牛の世話をしながら家族は二階に住んで、お祈りするプジャーっていう部屋もあって、本当にインドの昔ながらの生活をしてた。それからみんなでお酒を飲みながら喋ってたら「ソーリー、ソーリー」って謝られて。

ミサ : 何度もね。

かつての暮らしの営みが残る、ラダックの片田舎。

―え、どうして?

トヨ : 「俺は英語もしゃべれなくて、バカで、お金もなくて」って。つたない英語でずっと。「日本人はリッチでいいよね、豊かでいいよね」って。

―うーん。

ミサ : でもね。彼らは家族みんなで採った野菜を食べて、世話する牛からとったミルクを飲んで。自分たちのお祈りのスペースをちゃんときれいに作って、毎日毎日お祈りして。家族で慎ましく生活していて。 「リッチでいいよね、リッチでいいよね」って言われるけど、こんなに自殺者も増えてる日本で……リッチやけど、なんかおかしいなって。豊かだけど、心が忙しすぎたり、家族とゆっくり過ごせなかったり、どこのなにかよくわからないものを食べてたり。目に見えるものだけで生きている彼らのほうが逆に豊かなんじゃないかなって、すごい思って。

―分からなくなりますね。

ミサ : 「豊かさって、なんだろう」って。それから、分からないというか、すごく突き付けられたというか。

トヨ : その時からかな。“豊かさとは“について、よく話すようになったのは。

今回の対話を終えて前編は、トヨさんとミサさんが出会ってから2人で一緒に何かをしようと準備する頃までのお話でした。書ききれなかったことを含めて、“インド”という存在そのものや、旅の経験と光景が夫妻の価値観を大きく揺さぶったことを感じます。“インド”との出会いはそれぞれの人生にとって、考え方を緩めたり、自分や他者に優しく在り始めたりするきっかけでもあったかもしれません。後編では、旅から帰国し、いよいよ「TANE」が始動してからのことを伺います。今と、未来の話もすこしだけ。どうぞお楽しみに!

聞き手・文 : のせるみ

[ 展示会情報 ]

山香デザイン室 小野友寛 展
「残影」

11月27日(土) – 12月5日(日)
期間中休みなし
13時 – 18時

◯12月4日(土)5 日(日)
TANE お食事会
11:00
12:00
13:00
14:00
※予約制

¥3,500
(ベジタリアン料理3品、デザート、ドリンク付き)