対 話 - 未 草 -

一世界は今大きく変わろうとしている
 
ものづくりが人の手から機械へと移った時以上に、コンピュータとテクノロジーの時代は、人間や社会に大きな変化をもたらすといわれています。
 
効率化に囚われすぐに結果だけを求める時の流れの中、生きる上で大切なことは何なのだろうか。
 
生きることに真摯に向き合い、実践している人――信州 黒姫山麓、丘の上の草原に馬や羊たちとの暮らしを目指し「自ら作る暮し」を旨に活動を行う、未 草の小林寛樹さん (造形作家) と庸子さん (布もの作家)。
 
活動十周年を迎えたお二人の歩みは、豊かさの根っこは手づくりの暮らしにあると気づかせてくれます。
 
前回の対話を経て約二年。十年という月日を振り返りながら、子どもが産まれたことにより、心境や今後の暮らしにどのような変化をもたらしたのか。展示会最中、話を伺いました。

理想の環境は自ら作るもの


未 草の活動の原点には、寛樹さんが少年時代に見てきた日本の原風景があります。
 
竹林に静かに佇む茅葺屋根の家、牛で畑を耕す老人の姿など、雄大で豊かな自然に身をおき、祈り、逞しく生きる人々。
 
経済成長が進んでいく過程に、周囲の美しいものが失われていき、昔ながらの暮らしに憧れていた寛樹さんは、二十代前半にオーストラリアを旅します。
 
人里離れた緩やかな丘陵地で、自給自足で生活する家族と出会います。
 
周囲の木と土、廃材で家を建て、家畜たちを飼い、作物を育て、薪で料理をし、ロウソクを灯して本を読む日々。幼少期から憧れていた暮らしがそこにはあり、その家族と半年間共に過ごします。
 
「オーストラリアでの経験は、自分に生きる道を教えてくれました。憂いているだけでなく、理想の環境は自ら作るものだと。何になりたいとかではなく、彼らの暮らしに近づきたい」ただその一心で、帰国後、理想の土地での暮らしに向けた準備期間として、東京都福生市にある取り壊される予定であった米軍ハウスに移り住みます。
 
幾多の偶然が重なり、十数年探してようやく出会えた理想の土地が「 黒 姫 」。拓けている土地には手が届かなったが、発想の転換で、縦横無尽に生い茂る草や木々、蔓に阻まれどこも屈まずには入ることができない密林を自分たちで切り拓けばそこに住める。「できるとかできないとか関係なく、この地で暮らしたい」ただその一点を見つめ、開拓は始まりました。

時間はかかっても、地に足を着け一歩一歩自分たちの足で歩いていく


「苦しい時もあったけれど、この十年間の心と体全部で受け止めてきたことは、おそらく二人の一生の財産になっていると思います」。
 
これまでの月日を振り返った時、言葉だけでは計り知れないくらいの苦労や葛藤があったんだと想像に難くありません。
 
開拓の手始めに、まずは密に生えた細い木々や下草、幾重にも絡まる蔓を一本一本、鋸や鎌、鉈、草刈機で刈っていく日々。毎日明け方から真っ暗になるまで目一杯作業し、握力をなくし、血豆を作り、全身虫に刺されながら来る日も来る日も密林で奮闘。寝床は軽自動車のなかで疲労はどんどん蓄積していきます。
 
寛樹さん : 土地を切り拓くのに五、六年かかりました。家を建てる場所だけならもっと早かったのですが、将来的に馬や羊を飼うという夢があり、畑もするのである程度の広さが必要でした。豪雪地帯ということもあり、一年のうち半分近くは雪に埋もれ、作業はできません。また、かなり大きな岩もたくさん出る岩だらけの土地でした。木々の根を抜き、その岩たちを動かすことにもとても時間がかかりました。
 
開拓と並行して、将来の家の材料となる廃材を集めることにも時間を費やしていきます。近隣の米軍ハウス、友人の実家、蔵、古い氷工場や造船所など、壊されていく建物があると知っては、捨てられゆく廃材たちをもらいに行き、その量はトラック十台以上。
 
庸子さん : 総じて振り返ると、自己成長の十年になります。肉体的にも精神的にも苦しい時期ではあったのですが、思考だけではできない経験は、今では宝のような時間です。自ら開拓を行う、ということを通して、多くの先人たちが作ってきた風景への見方が大きく変わり、森が形成される時間の重みを感じられ、一生過ごす土地への想い入れは一段と深いものになったのだと思います。

深い部分を共有することで、本物の信頼関係ができる


十年という月日も、振り返ると一日の積み重ねになります。
 
お二人が一日を過ごす上で大事にしていることは、「深く話し合う」ことだといいます。
 
庸子さん : 当たり前の事なのかもしれませんが、大切にしていることは、時間を重ねて話し合いをすること。自分の深い部分であればある程、分かり合うことや言語化して伝えることは難しい事だと思っています。穏やかに話し合うこともあれば、時として、共有することでお互いの想いがぶつかり合う場面もある。それでも、寛樹さんは「未 草は家族であって成り立つもの。ひとつひとつの出来事や考えに向き合わず、気に留めないことは、 自分達の目指す人生ではない」と、どんな場面でも、お互いの想いを共有していきました。

「 黒 姫 」の四季が紡がれた音楽


今回で二度目となるうつしきでの展示「草 原 の 宴」。住んでいる場所問わず、歩んできた十年間という道のりで出会った親交のあるゲストの方々が駆けつけ、数日だけの宴を開催しました。
 
さらに、お二人は十周年という節目に、未 草 × haruka nakamura feat. LUCA による、未 草十周年に向けた全曲書下ろしのアルバム「未 草」を制作。
 
かねてから親交のあったharuka nakamura さん、LUCAさんの二人が一年間の四季を通じて「 黒 姫 」を訪ね、森と草原と湖を共に巡り、未 草のことを想いながら、紡がれた音楽。
 
展示期間中には、スペシャルゲストして、「baobab」が駆けつけ、十周年記念アルバム「未 草」発売記念ライブを三日間に渡り演奏。
 
未 草の現在、未来、そして遥か遠い過去の物語が一曲一曲に込められ、聴いた人が共通して心に持っている心象風景に触れるような、素晴らしい音に包まれる夜となりました。

次の世代につなぎ伝える


ものや情報が溢れる時代に、何を大切にするかは人それぞれ。
 
昨年に子どもが産まれ、一年間子どもと過ごし、「子育ては幸せと喜びでしかない」と話すお二人。仕事が溜まってしまう場合も、子育てを理由にストレスを感じたことは一切ないと言います。
 
「体内にいたときもそうですが、産まれた後も母乳だけですくすくと成長していく様子に、理屈は分かっていてもなんだかあらためて不思議さを感じてしまって」と話す庸子さん。子育てをする過程で、世の中の見方がガラリと変わる程の新たな一面も発見します。
 
庸子さん : 自分の子どもだけではなく、出会う子どもたちに対しても皆、胸が締め付けられるように愛おしく思うようになり、世の中の見え方がこんなにも変わるんだと感動しました。いまは世界のネガティブな部分ではなく、美しい部分がより見えるようになりました。子どもの成長は止めることもできず、早めることもできず、刻々と変化を続けています。今までと同じ時間の使い方をしていては、うっかりそれらを見逃してしまいそう。一瞬一瞬全ての時間がいかに大切で愛おしいのかを感じながら、共に過ごしていきたいです。
 
寛樹さん : これまでの人生で自分の魂を揺さぶってきたものを振り返ると、それは日本や世界で見てきた、昔ながらに生きる人たちの姿でした。彼等の澄んだ瞳、深い精神性、暮らしそのものの美しさ。それらには遠く及びませんが、そのかけらのようなものだけでも次の世代に見せてあげたいと強く思うのです。だから一人でも多くの人と想いを共にできるよう、これからもひたむきに活動を続けていこうと思っています。振り返った十年とこれからの十年が決的的に違うのは、いままでは楽ではなかった道のりが続きましたが、これからの十年は思いっきり楽しむための時間だと思っています。

今回の対話を終えて「自ら作る暮し」に傾けられた多くの時間と人生をかけて取り組む信念。「私たちはたまたまこういう人生を歩んでいますが、全ての人が同じように生きなければいけないとは全く思っていません。本当に大切なもの、かけがえのないもの、美しいものというのは実はすぐ身近にあるものだと思います」。日常が都会であれ田舎であれ、ちょっとした気づきと自分の手で作る暮らしは思いがけずに楽しいものになる。自分で作ることができなくても、きちんと一生使うものを選び、それらに自分の生活が埋めつくされていたら、毎日の質が変わる気がします。そして、どういった人や背景から生み出されたかを知ると、よりいっそう日常の見え方や使う楽しさが増すことにつながると思います。
聞き手・文 : 小野 義明

[ 展示会情報 ]

未 草 展
「ポラーノの廣場?はてな、聞いたことがあるやうだなあ。 何だつたらうねえ、ポラーノの廣場。」
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「昔ばなしなんだけれども、このごろまたあるんですよ。」
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「あゝさうだ、わたしも小さいとき何べんも聞いた。
野はらのまんなかの祭りのあるところだらう。
あのつめくさの花の番號を數へて行くといふのだらう。」
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「あゝ、それは昔ばなしなんだ。けれども、どうもこの頃
あるらしいんだよ。」
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宮沢賢治 『ポラーノの廣場』
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「 草 原 の 宴 」

森の中にキラリと光る宝石みたいな小さな麦畑。
風になびくさまは巨きな一枚の天鵞絨 ( ビロード)のよう。
夢かうつつか秘密の草原。幼き日の遠い記憶。

自分がいま人生をかけてを取り組んでいることはきっと
幼少期に心ふるわせたその場所の面影に、届かない手を
ずっと伸ばし続けているのだと思う。

未草は今年十周年の節目を迎える。今展ではこの十年
という月日で得たかけがえのない友人たちに参加してもらい、
お祭りのように楽しく幸せなひと時を過ごせたらと思う。
浮かんだタイトルは「草原の宴」。 その宴にはどんな彫刻たちが集うのか自分でも楽しみだ。
小さな草原の淵に、これから夫婦で建てる家の部屋の一部も
再現してみたい。そこに作った家具や生活道具も並べる。

これまでに歩んできた十年と、これから先の十年という歳月に
想いを馳せ、自分が追い求めている「ポラーノの廣場」への
道のりを、「白詰草の灯りを頼りに」辿ってゆきたい。
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未 草 小林 寛樹