うつしき

うつしき

対 話  - 太田 美帆 -

「聖歌隊CANTUS」「コーラスプロジェクトuta」をはじめ、ソロ活動として合唱編曲や声をつかったワークショップなど、いくつかの歌う場所から声を届ける音楽家 太田美帆さん。
 
子どもの頃から魅せられてきた教会音楽という限られた世界の音を、宗教を超えて、響きの美しさを追求している日々。
 
今回うつしきでは、声のワークショップ、「太田美帆」として初めての試みとなるソロ演奏会が行われました。
 
どうして太田さんの歌声は、言葉にできない感覚を手繰り寄せるように、聴く人の心に持っている心象風景に触れることができるのか。
 
ひとりの聴き手として余韻に浸る演奏会直後、太田さんに話を伺いました。

教会音楽との出会い


小さな頃から歌うことが大好きだった太田さんは、小学二年生のときに入隊した東京少年少女合唱隊で教会音楽と出会います。
 
教会音楽というと、パワフルでソウルフルなゴスペル・ミュージックを思い浮かべる人もいるかもしれません。合唱隊で奏でいたのは、グレゴリオ聖歌を始めとするカトリックの静かで厳かな音楽。
 
そっと息をするようにして声を出し、一人ひとりが個性を主張するのではなく、自我を溶かして、幾重にも重なり合わさってひとつになっていくこと。
 
合唱隊は宗派問わず学校もバラバラの小学生が、「歌いたい」という気持ちだけで繋がっている特別な空間。教会旋法の響きや何層にも重なり合う歌声が原体験となり、教会音楽とラテン語の洗礼を浴びたといいます。
 
太田 : 子どものころはラテン語の意味もわからず、呪文を唱えるように聖歌を歌っていました。言葉の意味よりも、声の響き。聖歌を歌っている子どもたちは、概念を訴えようとしているわけではないと思っています。言葉の意味を深く追求するよりも、ただただ音の響きを大切に歌っている。それなのに、その無垢な響きに聴き手が感動する。言葉の意味を深く追求するよりも、音の響きを大切に歌っています。

聖歌の美しさを世の中に広める


合唱隊として多忙な日々を過ごしていた学生時代を経て、2005年に、東京少年少女合唱隊の仲間達と女子聖歌隊「CANTUS (カントゥス)」を結成します。
 
「こんなに美しい聖歌をちいさな世界の中に留めておくのはもったいないという気持ちがある」と、CANTUSが活動の軸にしていることは、一般の人々にはあまり馴染みのない聖歌を、純粋に美しい歌として世の中に広めること。
 
旅する聖歌隊として、教会という場所に限らず、重要文化財、地下空間など響きの良い建築物でのコンサートを開催します。
 
太田さんが教会音楽をこれまでにないアプローチで発信するのには、ある想いがあるからです。
 
「例えば絵なら、天使が舞い降りた宗教画を見ると自分が教会の信者じゃなくても美しいと思いますよね。それと同じように、宗教を超えて、響きの美しさを追求していく私達の歌が、教会音楽という最初の入り口になればいいなと思って歌っています」
 
その想いは、haruka nakamura、坂本美雨、七尾旅人、fishmansなど数多のアーティストに伝播し、「コーラス」を通じてコラボーレーションを重ねていきます。

声をだすことは、裸になること


バックボーンでもある「聖歌」を軸に、太田さんの活動は様々な場に広がっていきます。
 
表参道にあるお店から誘われて始めた「声のワークショップ」もそのひとつ。
 
参加者に声を出してもらい、目を瞑って相手の心の声を聞きながら、ピアノの音色に導かれてひとつの歌になっていく時間。
 
見知らぬ人の前で自身の歌声を聞いてもらうのは、歌のうまい・へた関係なく、恥ずかしさがどうしても付き纏うもの。
 
ワークショップを体感した後に、数分前まで見知らぬ同士だった参加者の距離が一気に近づくといいます。
 
太田 : 見知らぬ人の前で声をだすことは、もしかしたら裸になることと一緒なのかもしれません。お互いの声を聞くことは、伝える人と聞く人がきちんと向かい合い、心を通わせて、伝わってくるものをそれぞれに感じとる瞬間でもあります。普段出さない声を出してもらうことで、自分自身の心が見え、互いに補い合いながら、声が合わさってひとつの音楽になってゆく。コーラスでも演奏会でも、音楽を通してその場自体がひとつになることは大切にしていることです。

その瞬間の流れに任せる


うつしきで演奏するのは2度目となる太田さん。2018年9月に開催された3周年のイベントで、川井 有紗さんのライブペインティングに合わせ、baobab、青木 隼人さんと一緒に演奏会を行いました。
 
今回は自身でも初めての試みとなるソロ演奏会。「うつしきという場所だからこそ、深い会話ができ、場とひとつになる演奏会をしてみたい」と、うつしきという空間からでた旋律を基盤に、その瞬間の流れに任せて即興での演奏会が開催されました。
 
ライブ・レコーディングという形で、その瞬間に生まれてきたピアノ音や歌声を録音し、それを再生しつつ、そこから更に生まれくる音を重ねていく、一人コーラスという内容です。

音楽を通してその場が「ひとつになる」

「演奏会前日まで、不安で胃が痛くなるくらい緊張していました」と語るように、新しい挑戦として沢山の準備を重ねてきたと想像に難くありません。
 
ピアノのシンプルな伴奏に、声が幾重にも重なり、出だしは澄んで透明に思えた声は、重なるたびに力強く響いたり共鳴しあい、様々な声の表情を見せます。
 
「CANTUS でコーラスをする際は、歌い手がスポットを浴びる為に、個性を消して、歌い手と一つのハーモニーを目指すことを大切にしている」と話す太田さん。
 
「太田美帆」個人として行われた初の演奏会では、どのように臨んだのでしょうか。
 
太田 : ソロ演奏会では、太田美帆を刻んだハーモニーを伝える為に、恥も外見もかなぐり捨て演奏会を行いました。ただ一方的にアーティストのアイデンティティを得るというよりも、「自分なんて」と思っている人が、心を裸になって歌っている私を見て、前向きな気持ちになり、音楽を通してその場が「ひとつになる」という感覚を体験してもらえたら嬉しいです。

今回の対話を終えて一人ひとりの声が違うように、考え方や生き方も違う。最初はうまくいかないかもしれませんが、大切なことは自分の声に正直に生きることなんだと、太田さんの演奏会を通じて背中を押された感覚になりました。そして、今回のうつしきで演奏された楽曲には曲名が付き、音楽群作品タイトルは「共鳴」。その場でしか生まれなかった演奏が、CDとして店頭にて販売を予定しております。ぜひ手に取って、聴いて頂きたい。
聞き手・文 : 小野 義明

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演奏会情報

太田 美帆 演奏会
開催日:2019年6月15日(土)