10年という月日の積み重ね

yasuhide ono

気づけば10年。
口にすると大きな数字なのに、振り返ってみると「え、そんなに経った?」と思うくらい一瞬だった。
小学校と中学校を足したよりも長いはずなのに、不思議とその体感は短い。
でも、この10年はただの数字の積み重ねではない。
汗でシャツに塩の跡が浮くまで重い家具を何度も運んだ夏の日。
企画展を開いたのに、人が全然集まらなくてひとり悔し泣きした夜。
売れ残った作品を前に「自分は間違っているのか」と疑った帰りの飛行機。
逆に、初めてお客さんが並んでくれて胸がいっぱいで眠れなかった朝や、大雨の中でも足を運んでくれた人の差し出した手の温かさ。
何日もかけて作った指輪が仕上がった瞬間に割れて呆然とした午後もあれば、子どもに「これ、きれい」と無邪気に言われて胸が熱くなったひとときもある。
海外で展示した夜には、言葉が通じなくても目の輝きだけで通じ合えたこともあった。
それらのすべてが折り重なった「生身の時間」だ。
この10年、ものを作り、売り、暮らしをつなぐために走ってきた。
その中でいつもぶつかってきたのは矛盾だった。
作りたいものと売れるもの。理想と現実。自由と責任。
「なんでこんなに面倒な矛盾ばっかりなんだろう」と思うこともあったけど、気づけばその葛藤こそが自分の骨格を形づくっていた。
つまり、悩んでいた時間もちゃんと自分を形成する“材料”になっていたわけだ。
商いの歴史を調べていて知った「近江商人の三方良し」という考え方。
「売り手よし、買い手よし、世間よし」。
誰か一人が得するんじゃなく、みんなが潤うことで商いは続いていく。
この10年を思い返すと、うつしきの活動もこの思想に支えられていたように思う。
作品を手にする人が喜びを感じ、その営みが家族やスタッフを支え、さらに地域に波紋を広げる。
その波紋がまた次の制作へつながっていく。
買い物は消費じゃなくて、応援。
誰かの営みを支える「やりとり」なんだと思えるようになった。
もちろん現代社会は資本主義のルールで回っている。
効率、拡大、スピード。
それらは強力で、いつのまにか私たちの感覚に染み込んでいる。
けれど、そこに全部を委ねてしまうと、ものづくりは「消費材」になってしまう。
作ることが「売るための義務」になった瞬間、楽しさや喜びは薄れてしまうのだ。
つまり、頭の世界と心の世界を切り離してはいけないってことは一番大きな気づきの一つだ。
だから、資本のルールの外に小さな場所を探してきた。
それは大きな革命なんかじゃない。
畑で土に触れる時間や、毎朝の散歩の時間、ディスプレイで1mmに頭を抱える時間。
一見「ムダ」に見えるけれど、心を耕し、創造の根っこを養う大事な営みだ。
手で作るのは、時代の流れから見れば「遅い」。
工場が一瞬で何万個も同じ製品を作る時代に、手でひとつひとつ形をつくるのは、確かに時代錯誤かもしれない。
でも、その遅さや不完全さに人間らしさが宿る。
金槌を打つ力加減、窯の中での偶然の色合い。
その日その時の空気が刻み込まれて、ひとつとして同じものは生まれない。
完璧に透明な石よりも、曇りや濁りを含んだ石に惹かれるのは、そこに時間の記憶や宇宙の痕跡を感じるからだ。
その不完全さを取り込むことが、自分にとっての美意識の表明だ。
この10年で感じる大きな変化は、買い手と作り手の関係だ。
以前は「消費者」と呼ばれる人たちは、ただ選んで受け取るだけだった。
でも今は違う。
「誰が作ったのか」「どんな思いが込められているのか」と問いかける人が増えてきた。
SNSやクラウドファンディングを通じて、買うことが「生産を支える参加」に変わってきている。
消費は応援になり、応援は次の制作を生む。
この小さな循環こそが、資本主義の外側に芽吹く新しい経済のかたちだと思う。
10年をかけてたどり着いた実感がある。
作ることと売ること、その矛盾も含めてすべてが「生きる」という営みの中で循環している。
数字では測れない喜びや、応援によって紡がれる共同体の風景。
その景色を信じて、次の10年も歩んでいきたい。
これまで足を運んで頂いた方、オンラインで購入いただいた方、そして携わってくれた尊敬すべき作り手や表現者の皆へ心から大きな感謝を込めて。
ありがとうございます。
そんな次なる10年の始まりとなるのは居相展です。
展示の初日は偶然にもお店を始めた新月だった9月13日と重なります。
初めて居相さんがうつしきに来た日のことは鮮明に覚えている。
うつしきで初めて開催した最初の展示中だった2016年春、会話の中で作品を見てほしいと、車から手作りのハンガーラックを組み立て、手作りのハンガーに衣を掛けていく。そのどれもが他では見たいことのないような衣だった。
そこから、うつしきでは3度の展示を重ね、カテリーナの森で開催されたsing bardでの出展や、山形ビエンナーレ2020などで協力してもらいました。
3年近くの新天地での場を整える時間を経て、今回の展示へと続きます。
今回の展示今までの歩みを総括するような時間となりそうです。
100着を越す作品が並ぶとのことなので、袖を通しにいらしてください。