のこしたいおばけ
田上真理子

真っ白な絹糸みたいに美しいススキの穂を真似して
セイタカアワダチソウも、エノコログサも同じ色になって冬の景色に溶けて行く。
季節が変われば、この景色は消えてしまうから
瞳に焼きつけ、時には写真におさめて残しておいたりする。
"残しておきたい"
この気持ちはなぜ湧き上がってくるんだろう?
このところ、うつしきで盛り上がっている『断捨離』とは真逆に突っ走りそうだけれど
わたしの場合、"残しておきたい"という想いに向き合わなければ『断捨離』には進めないのかもしれないと思うようになりました。
うつしきで『手放し』が進むのを横眼に見ながら、手放すものではなくて、まずは残したいものを見つめてみることに。

断捨離の先輩、かおりんの一言
「革命は小さなところから」の言葉に従って冷蔵庫を開けると
隅に置いてあった、あと1〜2回分くらい中途半端に残った金木犀のマッサージオイルや、瓶の底に僅かに残した生姜シロップ。
夫が見たら「なんでいつまでも残しておくんだ?」と思うであろう存在が、冷蔵庫に限らずキッチンの戸棚や寝室の棚の隅に置いてある。
マッサージオイルやシロップ、今年自分で手作りした調味料は
使い切るのがもったいなかったり、もう少し味わいたかったり
わたしにとってなくなっては困る、失いたくない存在。
もちろん自分で食べたり、使ったりもするけれど
あの人にも食べてみて欲しい、誰かに使ってみて欲しい
だから残しておきたい。
もったいないおばけならぬ、"のこしたいおばけ" 笑
残したいものに向き合って、初めて気づく"失うことの恐れ"でした。
味や香りという見えない存在さえ、いつかなくなってしまう事がわかっているから
"失うことが怖い" "残しておきたい"
そう思っていることに気づきました。
また何度でも作ればいいのに。
なくなったら、また新しいものが作れるのに。

無意識の"失うことへの恐れ"
本当に自分では気づいていなかったから恐ろしい…。
なぜ、それらを失うことがそんなに怖いのかをもう少し探ってみると
人間って面白いなと思うのですが、わたしはそれらの"残しておきたいもの"に
自分自身の『存在意義』のようなものを重ねていたようです。
マッサージオイルもシロップもなくなったら、わたし自身の存在意義がなくなるような気がした。
だから残しておかないと困るし、失うことが怖かったのです。
こういうの『出し惜しみ』というのでしょうか…
普段からお漬け物や保存食、作り置きが好きなのも妙に納得。

それにしても、執着してたものが自分の存在意義だったとは〜!
まだまだ自意識過剰、自我まみれです、、、
だけど残して来たものがなくなっても、わたし自身の存在意義はなくならないと気づくと
残さず使い切ったら、気持ち良く手放すことができる!
と、すでに心に余白ができたような爽快感。
("のこしたいおばけ"も何処へ〜)
わたしの中では、『手放す』より『出し切る』がしっくりくる断捨離。
今回の気づきが背中を押してくれそうです。
2025年も色々な気づきがあり、そのたびに知らなかった自分を知り
なかなかパンチのある一年でした。
年内の営業も残り僅かとなりましたが、一年の振り返りや来年の目標など、お喋りしにいらして下さいね!
今週も佳き日々を♡

