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せいかつマニア

小野佳王理

小野佳王理

せいかつのまんなかに ただ あるもの。
せいかつマニア

せいかつ、暮らしについて考えるのが好きです。

その場所から少しだけ視点をずらして、
価値観を変えていくことが、たぶん好きなんだと思います。


10代の頃、「暮らし」や「せいかつ」について一切考えたことがありませんでした。

それらは両親や祖父母が担ってくれていたから。


20代の都会での一人暮らしでは、生活は荒れ、肌も荒れ、体調を崩すことがしばしば。

そんなある日にふと手に取ったのが「暮らしの手帖」という雑誌でした。

「もう二度と戦争を起こさないために、一人ひとりが暮らしを大切にする世の中にしたい」

その理念に触れたとき、私は「暮らし」という言葉に憧れを抱き始めます。


20代半ばで結婚し、子どもを授かり、夫と一緒に理想の暮らしを描いてきました。

いまも十分なくらい満ちた生活を送っています。

ただ、日々は外側から見るよりもずっと地味で、同じことの繰り返しです。


結婚当初は張り切っていた家事も、10年経つと

「これ、いつまで続くねん」

「洗濯物、年々増えてないかい」

「埃って何からできるんかい」

と、ひとりブツクサブツクサ。

一日でも休めば追われる感覚。

そしてふと魔が差す瞬間に出てくる一言。

「これってわたしだったっけ」

 

 

生活様式は、時代の社会構造の中で変わっていきます。

私たちのせいかつは個人そのもののようでいて、時代の価値観に強く左右されている。

ライフスタイルの雑誌で紹介されていた、ソローの「森の生活」も、20歳の当時は読んでもよくわかりませんでした。

森の楽しい暮らしの本だと思って手に取ったけれど、全く違うもの。


私はソローのように森へ行くのではなく、いま居るせいかつの中でどう世界を観ていけるのか。

洗濯物の山の横で芽吹きを見つけること。
刺し子の一針で心を鈍らせないこと。

せいかつは逃げ場ではない。

この真ん中に何か大切なものがある。

そう気づき、今更ながら、ソローが森に向かった理由が少しだけわかる気がしました。

 

 

森とは逆、都会の女子が主人公。

中学生の頃に読んだ安野モヨコ先生の「ハッピーマニア」を急に読み返した数日。

「幸せになりたい!彼氏ほしい!恋愛したい!」

めちゃくちゃな感じが当時好きだった、主人公シゲカヨ。

表面だけ見ると恋愛に執着しているだけに見える。

でも、恋愛を通して自分の人生を諦めない姿があり、そこに目が離せなかったのかも。

しょうもなくても、滑稽でも、正直に生きている。

その姿に、なぜか救われてしまうのです。


情けないところも、綺麗じゃないところもある擦り切れた自分ごと、続くせいかつを受け入れたい。


ハッピーマニアに少し笑わされながら、
私もせいかつマニアを始めてみようと思います。


シゲカヨみたいに恋は追えないけど、

洗濯物は毎日追ってくるし。


埃って何なの、ほんと。

子どもたちがベタベタ触ったPCの画面、毎日拭いても消えないじゃん(笑)


そう、不満が愉しめるくらい、愉しみたい。


新年から始めた刺し子の一日一日。

その一本の糸が、今あるせいかつを途切れないように繋いでくれている。


だから、今一度立ち止まって、せいかつを見つめ直せるのかもしれません。


今週も佳き一日を⚪︎

小野佳王理

小野佳王理

せいかつのまんなかに ただ あるもの。

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