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世界は、心と響き合っている

yasuhide ono

yasuhide ono

Jewelry designer / utusiki owner
世界は、心と響き合っている

制作の合間を見つけて、相変わらず山を歩いたり走ったりしている。

先週、うつしきで展示をしてくれた㓛刀皓旦とも、滞在中のわずかな時間を見つけては三度も近くの山へ登った。

近所の笠置山、尺岳、そして、英彦山。

本来は英彦山から修験道の修行コースを二泊三日の登山泊縦走をする予定だったのだが、連日の雨で中止となってしまったのは残念だ。

それでも、一緒に歩く人が違うだけで景色はまるで変わる。

子どもたち五人を引き連れて行った登山と、大人だけでの登山では、歩く速度も役割も当然ながら違ってくる。


山を歩いていると、不思議なことがある。

同じ道を歩いているはずなのに、昨日とはまるで違う山にいるような気がする日がある。

木々は変わっていない。風も同じように吹いている。

それなのに、ある日は一枚の葉にまで心を奪われ、ある日は何も感じることなく通り過ぎてしまう。

変わっているのは、自分なのだろうか。

そう思いながら歩いていると、ふと別の考えがよぎる。

本当にそうなのだろうか、と。

山はいつも黙ってそこにある。

けれど、こちらの心が開いたときだけ見せてくれる表情があるようにも思える。

私たちは世界を見ているようで、世界もまた私たちを見ている。

そんな気がしてならない。


 

昨日まで、うつしきでは「風」をテーマにした「学びの場」、「健やかに」、「淡菓のコース」が続いた。

毎年この時期の恒例となっている自分達にとっても待ち遠しくもあり、学びを深める貴重な時間。

前回のテーマが「水」で、今回は「風」。

Amritaひなさんと、イチと二まこちゃんによる「健やかに」では、呼吸を整え、薬草オイルに触れ、自らの手でおむすびを結び、手で食べる。

どれも特別な技術ではない。

けれど、不思議なことに、90分が終わる頃には、その人の表情がまるで変わっている。

何かを教わったというよりも、自分の中に滞っていた風が通ったような顔になる。

 

そして、菓子瑞・石井美帆ちゃんによる「淡菓のコース」。

美帆ちゃんとは今回で3回目となるのだが、毎回ぐっと心を動かされる驚きがある。

目を閉じる。

香りを味わう。

音に耳を澄ます。

ひと皿ごとに、風景を食べているような時間だ。

花風。

薫風。

夕凪。

風は目に見えない。

けれど、香りを運び、葉を揺らし、人の心をほどいていく。

私たちは、案外見えないものによって生かされている。


 

若い頃の自分は、夢とは遠くにあるものだと思っていた。

努力して、競争して、手を伸ばし続けた先にようやく届くもの。

だから外へ、外へと答えを探していた。

もっと経験を積めば。

もっと認められれば。

もっと成功すれば。

そうすれば、自分は満たされるのだと信じていた。

けれど、どれだけ外側を追いかけても、心が渇いている日は世界まで色を失って見えた。

逆に、心が静かに満たされている日は、不思議なくらい世界が豊かになる。

朝の光。

淹れたての珈琲の香り。

子どもたちの笑い声。

そのどれもが、「今日を生きていてよかった」と確かな納得感をもって伝えてくれる。

世界は何ひとつ変わっていない。

それでも、その日は世界そのものが祝福のように感じられる。

幸せとは、出来事の総量ではない。

世界との関係が、ふと結び直される瞬間なのだと思う。


石を選ぶときも、いつも不思議な感覚がある。

こちらが石を選んでいるはずなのに、あとから振り返ると、自分のほうが石に呼ばれていたように思えることがある。

旅もそうだ。

自分で目的地を決めたつもりが、その土地で出会った人や風景によって、自分の人生のほうが少しずつ書き換えられていく。

人生には、理屈だけでは説明しきれない出来事がある。

偶然という言葉でもいい。

導きという言葉でもいい。

けれど自分にとって大切なのは、その名前ではない。

心が澄んでいるとき、人は世界との微かな響き合いに気づけるということだ。

世界は命令してこない。

ただ、静かに応えてくれる。


だからこそ自分は、心を整えることを大切にしたいと思う。

それは現実から目を背けることではない。

苦しみをなかったことにすることでもない。

むしろ、自分の心を何よりも誠実に見つめるということだ。

心が閉じれば、世界も閉じる。

心がひらけば、世界もまた新しい表情を見せ始める。

その瞬間を何度もうつしきの中で見てきた。

旅で見てきた。

石を通して見てきた。

だから信じている。

世界は、私たちの願いを叶えるためにあるのではない。

私たちがどんな在り方で世界に立っているのかを、静かに映し返してくれる存在なのだと。

 

 

 

夢や志も、きっと同じなのだと思う。

夢は未来のどこかに置かれた目的地ではない。

心の奥深くで灯り続ける、小さな火だ。

その火は、誰かと比べるために燃えるものではない。

何かを証明するためでもない。

自分という命が、この世界でどう生きたいのか。

その問いに、静かに、それでも力強く応え続けるための火である。

だから夢は追いかけるものではない。

育てるものなのだ。

心を耕し、自分を偽らず、小さな歓びを大切にして生きていると、その火は少しずつ大きくなる。

そして、ある日気づく。

夢を追いかけていたと思っていた人生は、本当は夢のほうから自分を呼び続けていたのだと。

世界は変わらない。

けれど、自分の心が変わるたびに、世界は新しい姿を見せてくれる。

だから今日も、自分の心を整えようと思う。

そこからしか、本当に見たい景色は始まらないのだから。

 

今週はどんな1週間となるだろうか。

では、ハッピーラブレボリューションな週の始まりを♡

yasuhide ono

yasuhide ono

Jewelry designer / utusiki owner

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