心地いい選択
田上真理子

陽射しが益々眩しく感じられ、毎日何処かしらで、草刈り機の音が響いている五月。
ゴールデンウィークには立夏を迎えて、暦はもう夏なんですね!
うつしきでは、看板猫のぎんちゃんが
草むらや入口のウッドデッキで、気持ち良さそうにお昼寝していますよ。
あったかい西陽の当たる窓際や
ほわほわに乾いた洗濯物の間にカメムシがいたりして
動物も虫たちも、自分の心地いい場所をよく知ってる!と感心してしまいます。
こんなところで昼寝したら気持ちいいよな〜
先日、そんな生き物たちを見習って(?)畳の上の陽だまりに寝転がってみたら
…なんて至福の時間!
その後の体力の回復は勿論だけれど、もっと精神的な回復を感じた数分だったのです。

そんな暗いとこで本読んでたら、目悪くなるよ
そんなところで寝てたら、風邪ひくよ
わたしは、幼い頃からよくそう言われていて
いまだにだらしない姿勢で横になっていたりする。
(夫はよく目撃してるはず…汗)
動物や虫の行動もそういうことだと思うのだけど
自分にとっての心地いい時間
心身を整える行ない
それをいつからか「駄目なこと」や「身体に悪いこと」に変換してしまっていたことに気づきました。
そんなわたしの日常は、このところうつしきで話題になっている登山やランニングというアクティブさとは真逆だけれど
小野家の暮らしをみていると
日々を過ごす空間だったり、食べるもの
身につける衣服
自分が心地いいと感じる感覚を
どれだけ意識できているか?と自問することがあります。
登山やランニングに必要な道具選びのこだわりも、うつしきという空間へのこだわりも変わらず
それはいつだって自分にとって心地いい選択を追求しているように見えるのです。
自分にとっての最善
自分にとっての最高
自分にとって心地いい
そんな選択は、特別な人だけが許されることでもないし
お金があるからできるということでもない
いつ、どの瞬間も自分で選択できる。

そういえば、我が家の小2男子は
そんな選択という概念すらないように感じることがあります。
その上、制限や心理的なハードルがないから選択肢が無限に広がっていて
目の前に現れたものは、すべて自分を喜ばせるために現れたと思っている節もあるし
逆になんか違うと思うものには一切、興味を示さなかったりする。
これが純粋な選択なんだと思うと
大人になるにつれて、損得を考えたり余計な制限や概念をたくさん得て来てしまったな〜と思うけれど
そんな制限の中だからこそ不快な感覚や、なんか違う気がするっていう違和感を我慢するような日常を選ぶのではなく
自分自身に対する丁寧な選択ができるということでもある。
それをめいっぱい愉しみたいと思っています。
今ここに、どんな選択も受け入れてくれる家族や環境があることに感謝です。
今週も佳き一週間を。

