'ない'ことがある豊かさ
田上真理子

まだ肌寒い風が吹く三月の初めのこと
家族で奄美大島へと向かいました。
奄美大島を南下してフェリーに乗り、20分ほどで到着する離島・加計呂麻島が旅の目的地でした。
加計呂麻島は、まだ子どもが生まれる前に夫と二人で旅をして惹かれた場所。
海との距離が近く、手付かずの自然があるけれど人口は一千人程で
大きなスーパーやコンビニもない。
現代っ子で夢はユーチューバーの息子が、どう感じるのだろう?
そもそも、自分自身はどう感じるのだろう?
何回行っても、旅の前にはいつもわくわくと不安を行ったり来たりします。

日数も八日間と長かった今回の旅は、主に自炊生活だったこともあり
島にいる間、そして帰ってからも
豊かさについて考えることが増えました。
いまの暮らしがとても豊かであることも感じて、改めて感謝が湧いたり。
フェリーが動かなければ物資が届かないことが
大前提で、小さな商店が開いてる時間も限られている。
どこかお店で食事をするとしても、前日までに予約をしておかないといけない。
いまできていることが、普通で当たり前と思っているけれど
当たり前じゃなくて、特別なことに感じるようになりました。
島のひとたちは
食べ物がなければ自分で作ろうと畑を始めたり
湿度の高い環境に合わせた保存方法を工夫したり
生活の中に工夫や試行錯誤があり、それ自体がとても豊かなことに感じたのです。
それは物質的なことに限らず、ひとつひとつの振る舞い、一日一日という日々の暮らしに繋がりを感じた体験でした。

わたし達の心配を他所に、息子は島で小学校の体験を愉しみ
人との関わりや自然から刺激を受けて、何かを感じて来たようです。
旅から帰って、最初の休みに
息子がずっと手放さなかったおもちゃや絵本を手放したことは、一番の驚き…!
(図らずも、その日は春分)
何もないことが貧しいことではなく
「ない」という余白に豊かさの可能性がたくさん詰まっているということを
息子なりに感じたのだとしたら嬉しいなぁ。
さて、三月も最終週。
皆さま、新たな気持ちで新年度を迎えられますよう!
健やかな一週間を〜♡

