うつしき

うつしき

対 話 - 未 草 [ 前 編 ] -

これまでの活動について語る時、「 未 草 」の小林寛樹さんと庸子さんは、真摯に言葉を選ぶ。「自然のものや棄てられたものを材料に、暮らしにまつわるものを自らの手で作り出したい」そんな想いからあらゆる素材を使った生活道具や家具、彫刻を作る。そして北信州・黒姫にある彼らの理想の地、草原を望む森を二人で開拓し、廃材で家を建てようとしている。「自ら作る暮し」という事を実践する先に、どのような未来を思い描いているのだろうか。

──お二人はどんなきっかけでものづくりを始められたのでしょうか。深く遡ると、どのような事に興味を持つ十代・学生時代だったのでしょうか。

寛樹さん : 小さな頃から昔ながらの暮らしに惹かれていて、お墓参りの度に近くの民家園に行きたいとねだるような子供でした。東京のはずれの田舎で育ち、近くには茅葺屋根の家もあり、牛が畑を耕すという美しい日本の原風景が残っていて、とても好きでしたね。それと同時に、それらが急速に失われていく時代の流れに戸惑い、悲しんでもいました。二十代前半にオーストラリアを旅し、そこで自給自足で生活する家族に出会いました。周囲の木と土、廃材で家を建て、家畜たちを飼い、作物を育て、薪で料理をし、ロウソクを灯して本を読むような、そんな暮らしをしていました。その生き方が本当に美しくて。彼らは、自然のものと古いものを上手に組み合わせ暮らしていました。技術を身に付ければ、必要なものは自らの手で作ることができる。帰国後、まずは出来ることから。家の近くに棄てられているものを集め、将来の暮らしに必要なものを作り始めました。何になりたいとかではなく、彼らの暮らしに近づきたい、ただその一心でした。

庸子さん : 私は思い返すと、小さな頃から何かを与えていれば黙々とひとり手を動かし作り続けている、そんな子供でした。十代の頃は、絵本作家を目指したり、カメラマンに憧れ撮り続けていた時期もありました。デザインの学校に入学し、二十代は、デザインの仕事をしていました。同時にその頃は、料理や陶芸をしてみたりと、何が自分にフィットするのか探していた時期でもありますね。ある時布を触り始め、ずっと昔から針仕事をしていたような不思議な感覚に陥りました。しかし何か1つの素材に特化するというよりも、きっと私には何の材料でもよいのだと思います。手を動かして作ることが、どの時期を振り返っても側にあるので、自分にとって自然なことなのだと。

──作り手としての活動のみでなく、「自ら作る暮し」の様子を本・映像・ブログ等で発信を行っていますが、その想いはどんな風に生まれたのでしょうか。

寛樹さん : その時々を発信をしようというよりは、伝えたいひとつの事が始めからあり、それをずっと発信し続けているという感じです。自分がなぜこういうことを始めたのか。小さい頃から昔ながらの暮らし、自然が大好きだったのですが、生まれ育った場所が東京のはずれの新興住宅地ということもあり、美しかった里山の風景や暮らしが躊躇なく破壊される様を目の当たりにしました。そして自分が住んでいた家自体、切り崩された山の上にありました。

庸子さん : 自然が、まるで積み木の山が崩れるかのように無くなるんです。私は、結婚してからもその風景を引き続き見ていて、ご実家の裏山が簡単に1つなくなったりするんですよ。

寛樹さん : 大好きだった茅葺屋根の家が壊され、レンゲ畑や田んぼがなくなり、眠れないくらいの蛙の大合唱や森に響くフクロウの声がいつの間にか聞こえなくなっていきました。そのスピードが怖いくらい早くて。人間はこんなことをずっと続けて良いんだろうかと思いました。どうしようもない圧倒的な流れがあり、子どもながらに、人はとんでもない方向に向かっていると。誰もそのことに疑問を持っていないように見えて、その感覚は自分ひとりだけなのではと孤独にも感じていました。

オーストラリアでの経験は、自分に生きる道を教えてくれました。憂いているだけでなく、理想の環境は自ら作るものだと。自然と共に古いものを大事にして、自らの手で作る暮らしは、現代でも出来るということを実感しました。誰に見せるでもない日々の暮らしが、涙が出るほど美しくて。現代からどんどん失われていく自然、古い暮らしやそこに息づく精神性、そういうものを少しでも多く残したいと思いました。しかしそれは、ひとりの力では足りないのです。彼らのような美しい暮らしを見たら反応してくれる人がいるだろう、そういうものを一所懸命伝えようと。そういった暮らしをきちんと実践し、それを人に伝えていけば必ず呼応する人が現れるはずと信じてます。

──時が経ち、東京都福生市にある米軍ハウスに住み、現在移住されている土地「 黒 姫 」はすぐに見つかったのでしょうか。また、気温が暖かい場所がいい、海の近くがいいなど、場所に対しての目星はつけていたのですか。

寛樹さん : ふたりの共通イメージとして草原に住みたいという思いがありました。自分は幼い頃から「大草原の小さな家」というアメリカのドラマが大好きで、庸子も昔から草原が広がる風景を見ると無性に心が震えたそうです。理想の土地は帰国以来、10数年ずっと探してきました。良い場所は日本にいっぱいあるんですけど、自分たちにとっての運命の地にはなかなか出会えませんでした。

庸子さん : 具体的な情報により見に行くというより、そこに立ち二人の心が反応する場所を求めていました。

庸子さん : 米軍ハウスは相続など、持ち主の方の様々な理由で年々壊されていきます。今では街に埋もれ、目に付きにくい程まばらになってしまいました。私たちが住んでいたハウスも大家さんが壊そうとしていたところを無理を言い住まわせてもらいましたが、ボロボロな状態から1年の改装を終え、ようやく落ち着いたところで再び壊したいと。そこからより積極的に土地探しに動いていきましたね。そんな中、「 黒 姫 」という地に出会いました。

──「 黒 姫 」という場所は、誰かから教えてもらったのではなく、自分たちで探されたのですか。

寛樹さん : きっかけは一枚の写真でした。広く拓かれた牧場から望む黒姫山の写真。野の花と青い草が一面に広がる草原に、小川が流れ、背後には白い雪山。日本でありながらまるで外国のような風景でした。それは二人の心をとらえ一度見に行こうと。また自身には学生時代に読んでいた本の著者、C・W・ニコル(*1) さんが選んだ終の住処としての意識はありました。北極の調査やアフリカの国立公園に関わり、世界の森を見てきた彼曰く、故郷ウェールズの木は84種なのに対し、日本の木は1,300種もあるのだとか。多くの日本人が気づいていない、日本の森の豊かさを教えてくれたのはニコルさんでした。

庸子さん : 彼の故郷からクマが絶滅したのはおよそ1,000年前。イノシシは400年前。日本にクマが生息していると聞いてニコルさんは驚いたそうです。そんな動物たちと人とが共存し生きる姿や、日本の猟師たちの自然と共に暮らす知識と高いスキルにも衝撃を受けたとか。

寛樹さん : 当時の日本はバブルの時代で、次々と自然を壊していました。そこでニコルさんは私財を投げうち森を買い、守るという活動を始めました。たとえ日本人が森を破壊し尽くしてしまったとしても、この森だけは守る。そこから再び豊かな森を取り戻せるようにと。そのような活動に感動し地名は記憶に残っていました。時が経ち、電車や車でその地を通ることがありました。自然が深く人工物が見えなくなり、太古の風景を見るようで強く印象に残りました。そのような出来事から、より一層「 黒 姫 」という場所を意識するようになりました。

庸子さん : ある日、長野での仕事帰りに初めて「 黒 姫 」に立ち寄りました。

──その時、どう心が反応されたのですか。

庸子さん : いま思い出しても胸がいっぱいになり涙がでます。

寛樹さん : 二人で立ち尽くしてしまって。

庸子さん : 日本各地を周っていた時は、「もしここで暮らすなら」と話は盛り上がったりするのですが、そこに限っては言葉もでなくて。二人でようやく出た言葉が「ここだね」と。

*1:C.W.ニコル
英国南ウェールズ生まれ。17歳でカナダに渡り、その後、カナダ水産調査局北極生物研究所の技官として、海洋哺乳類の調査研究に当たる。以降、北極地域への調査探検は12回を数える。1980年、長野県に居を定め、執筆活動を続けるとともに、1986年より、森の再生活動を実践するため、荒れ果てた里山を購入。その里山を『アファンの森』と名付け再生活動を始める。

[ 展示会情報 ]

航 跡 ― 未 草の8年 ー

子供の頃「大草原の小さな家」がたまらなく好きだった。
アメリカ開拓時代、大自然のなか家族皆で助け合いながら
たくましく生きていく姿に「生きる」原点を見た。

草原を望む信州の森を夫婦で開拓し始めたのが2010年。
自らの手足を頼りに生きたいというたっての願いを胸に
ようやく馬や羊を放牧するための土地を伐り拓いた。
若さだけを頼りに、ただただ必死に息もせず
草の大海原を漕いできたような8年間だった。
ふと後ろを振り返ると、いつの間にか
遠くまで尾を引いている白い航跡が確かに見える。
波に揉まれた苦しい道程ではあったが、今となっては
二度とたどることの出来ない眩しい風景ー。

本展ではあえてテーマを絞らず、そこに光を当ててみたい。
初期の作品から新作、大物から小物、生活道具から彫刻といった
未草の8年間の歩みがすべて見渡せるような展示。
美しい光射す、もと古い鶏舎の「うつしき」に浮かび上がる
二筋の航跡を皆さんと共に眺めてみたい。

未 草 小林 寛樹

日 時 平成29年9月16日(土)〜 24日(日)11時〜18時
〈会期中無休、 作家 16 日(土) ・17 日(日)在廊 〉
場 所 うつしき  〒 822-0112 福岡県宮若市原田1693
電 話 0949-28-9970
H  P https://utusiki.com
MAIL info@utusiki.com
作 家 https://www.instagram.com/hitsujigusa_