対 話 - i a i –

京都府福知山市の静かな山村で、草を摘み、布を染め、一着ずつミシンと手縫いで仕立てる「i a i」。

築100年の家を夫婦で手を入れ、畑を耕し、ヤギを飼い、季節のめぐりとともに服をつくる日々。

「制作途中、何にも誰にも共有できない一瞬の判断があります。その判断を左右するのは生活です」と語るのは居相大輝さん。

前回の対話を経て約一年半。子どもが産まれたことにより、心境や暮らし、制作にどのような変化をもたらしたのか。展示会最終日、居相さんに話を伺いました。

「妻や子どものために」と思ったことは、自分のためにも繋がっている


育児休暇として、展示会などは行わず、子どもの成長をしっかりと見届けた一年間。その心境の変化を尋ねると、「生活をより一層大事にしたいという想いが強くなりました」と話す居相さん。季節とともに衣を仕立てる日々の中心には、いつも家族の存在があります。それは、子どもが産まれてからも変わらぬこと。

子どもが産まれる前は、時間の制約がないことから、根をつめて服作りに没頭する日もあったといいます。

育児休暇中は制作リズムにも変化がうまれ、午前中は服づくりと向き合い、午後は子どもと一緒に過ごし、夕方になると服作りを再開する。

その様子は、子どもの面倒を見るというよりは、息づく土地で子どもと暮らしを共に楽しむことに近いのかもしれません。

居相 : 娘が生まれ、成長に応じて服を縫うようになり、服づくりは喜びの深い仕事となりました。子どもに衣服をつくることは自然となり、生活がそのまま衣服となっていくことを実感しています。

他人にどう見られるかではなく、暮らしは自分らしくあるためのもの


育児休暇中も服づくりをやめることはありませんでした。服づくりは居相さんにとって、生活の中心にあること。

敬愛する村の方々へ、服を仕立てたり繕ったりするのは、大切に続けていることのひとつです。

“行動が自分の思考を証明している”という言葉があるように、大切にしている日々の暮らしへの想いが、居相さんの衣服から伝わってきます。

「日常で大事にしているのは、素直に心が求めていることをすることです。散歩中に眺める草花や、夕空の色、家族と過ごす時間の一つひとつを大事にすることが生きることであり、服をつくることにつながっていると感じています」。

以前までは、いらだったりする場面があった時に、「やわらかいこころを身につけけたいのに、何でかっとするのだろう」と恥ずかしく感じていたといいます。

居相 : 感情表現をありのままに表す子どもの姿をみて、そういうことを考えること自体が不自然なんだと気づき、自分自身を否定するのではなく、ありのままの感情を受け入れることの大切さを改めて知りました。日々の暮らしの一瞬一瞬に心を寄せ、その瞬間の想いを一度すべて受け入れる。服づくりに対しても、ひねったりもせず、より素直に感じることを服のかたちに表すようになりました。

うそのない衣服


「i a i」の衣は裁断、縫い、染め、編みなどの全ての工程を居相さん本人の手で行われている一点物。

丹念にものづくりと向き合い、機械化の生産には乗せられない、わずかに手に入る有機綿、手織り苧麻、屑繭等の良質な天然素材生地を用いて、一着に仕立てられます。

「服をつくる上では、常に穏やかな気持ちでいたいです。感情に起伏があるときは、絶対に服づくりはしません」と話す居相さん。

その気持ちは、袖を通して身に纏う人にも通じるからだといいます。

村で暮らす日々の風景を記憶した居相さんがつくる衣服は、色濃く生活のあかしが映しだされたもの。

澄み切った感受性を信じれるのも、日々の暮らしへの想いがあります。

居相 : 目に見えている人たちが、笑顔で満ち溢れていることを大事にしています。いまは何より家族に対して、できるだけ気持ちよく過ごせるために、時間を考えて一日を行動しています。服づくりをしようと思ったときに、妻が畑をしようとしたら畑の時間にします。ルーティンにこだわらず、天候に左右されながら、この土地にあるすぐそばの日常に大切にしたいです。楽器で音を奏で、土のうえで陽をあび、山羊と犬と草のうえを走り回る。そうした自然にたいして抱いている想いや、心で受けとる感覚が、鮮度と想いがつまった衣服に繋がると信じています。

行き場のない生地に、新たな息吹を吹き込む


ハギレや古布、ほつれのある布も丁寧に縫い、服の個性のひとつに昇華させた衣服が何十着も並んだ、三度目となるうつしきでの展示会。

もともとは世にだすことを諦めせざるをえない欠陥品として捨てられるものが、手に取り袖を通し、身に纏うことにより、衣服にも生命が宿っているのがわかります。

そして、日々の時間の中から生まれた一点一点には、居相さんの暮らしそのものが詰まっています。

居相 : しわ、穴、シミ、誤縫製、そのどれもが些細な事でも、世に出せず、廃棄されてしまうのはとてももったいないことです。それを生み出した人、捨てたくないという人たちの思いを受け取り、服にしていきたいと考えました。いまはあるものに目を向けて、生かしていきたいという思いが強くあります。展示会のテーマに対しても、そのときに興味があることをコンセプトにしています。そのときの自分で“うつしき“の変化を捉え、この空間だからできることを目一杯表現していきたいです。

今回の対話を終えて身の丈にあった豊かな暮らし。“上を目指さない”、“止めてしまう” こととは違います。それは、心朗らかで、気持ちにゆとりがある状態で居られるもの。住んでいる環境は関係なく、誰にでも心がければできること。居相さんの話や衣服を身に纏うと、日々の暮らしを楽しみ、自分の中にある感情に対して、素直に従うことの大切さに気付かされます。これからどのような変化を吸収して、服づくりが生みだされるのか。その衣服を身に纏える日が待ち遠しいです。
聞き手・文 : 小野 義明

[ 展示会情報 ]

i a i 作品展
「 屑 生 」

古往今来の躰( 衣 )の表層から立ち登る人々の想いを受け

至る処に手仕事が生きている衣と成す

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古きから愛されていた 生活布、生活衣
粗衣、その端切れ、その屑糸
または工場の廃棄、残反、残糸
ふたつ手の届くところで掬い上げ
虫食いまでも 一つの個性として
衣にふくめる

畑の野菜をまるごと食卓で頂くように
染料となった草木が灰になり 土に生きるように
屑もひかり在る衣生活とともに