うつしき

うつしき

対 話 - 太田 美帆 -

“癌になってしまった”
 
2021年1月、インスタグラム上で自らが甲状腺のがんにかかっていることを公表した音楽家の太田美帆さん。

『聖歌隊CANTUS』をはじめ、UA、高木正勝、haruka nakamura等、数多のミュージシャンを “声” でサポートし続けた美帆さんの人生は、歌うことと共にあります。
 
草木が生えはじめ、肌寒い中でも春の芽吹きを感じ始めた2月の時期。
 
PV撮影、レコーディングを終えた直後に、新アルバム『 嬉々 』ができるまでの過程や想いについて伺いました。

太田 美帆
音楽家。1978年東京生まれ。小学2年生の時、東京少年少女合唱隊へ入隊。グレゴリオ聖歌を始めとするカトリック教会音楽の旋律に心を奪われる。当時共に在籍していた仲間達と「聖歌隊CANTUS」を結成。様々なアーティストと「コーラス」を通じてコラボーレーションを重ねる。
http://otamiho.com/

生と死を想う

2019年6月に開催した『声のワークショップと演奏会』。
うつしきスタッフ永久欠番である田代沙織さんが主催となり、太田美帆個人として初めてとなったソロ演奏会。

ライブ音源をまとめたアルバム『共 鳴』は、その瞬間に生まれてきたピアノ音や歌声がぎゅっと詰まった一枚になっています。
新アルバムは数日間に渡り、うつしきのピアノでレコーディング。具体的な何かを浮かべるのではなく、瞬間の流れに身を委ね、うつしきという空間からでた旋律を基盤に一曲一曲完成していく。
そこから月日が経ち、うつしきでは二度目となるアルバム制作。

今回の制作はどのような気持ちで臨んだのでしょうか。

「『共 鳴』というアルバム制作時は。沙織ちゃんが目の前にいて、共鳴し合ってる私たちの何かを音にしたかった気持ちがありました。

いま沙織ちゃんが天から見護ってくれている中で、娘である野乃禾がいるこの状況を『kiki』っていう嬉しい方の『嬉々』に変換して、いまのうつしきの暮らしやみんなで作って分かち合っている想いを、明るい日差しの音にしたいなって思ったのが始まりです」。

アルバムのテーマとして掲げたのがceremony (儀式)。「いまはいろんな宗教の名前になってバラバラのように映っているけど、儀式みたいなことは形を変えてどの国にも昔からあって、それをうつしきという場で表現したい気持ちでした。現実の世界にいない人と一緒に通じるものを作るというイメージがあったからなのかもしれません」。

恐れずに、自分から開くこと

歌っている時は何も考えていないと話す美帆さん。「歌い出した途端に私じゃなくて音楽になるイメージに近いかもしれません」。

死や病は遠い世界の話ではなく、常に身近にあります。

明日、交通事故に巻き込まれるかもしれない。気づかぬうちに病が進行しているかもしれない。

その日は、突然やってくるもの。

「いつか癌になると思ってたんだけれども、もっとおばあちゃんになってからかなとは思っていました。しかも喉って私が一番犯したくない領域に腫瘍ができてしまって。最初は声が出なくなる可能性もあるんだと思って驚いたのですが、ショックというよりも、生まれ変わる瞬間なんだなという意識の方が強かったです。

インスタグラムで公表してから、想像以上に周りの人々を心配させてしまって。同時にたくさんの人に励ましてもらいました。アクションを起こすことの大事さや、想いは伝えていかなきゃけないんだとみなさんに教えてもらい、得たものがとっても大きかったんです」。

その言葉の先にあるもの

晴天に恵まれ山や川など巡った初日から、最終日には降りしきる雪が積もった撮影時。気温は一桁台の中、裸足で山を歩き、川の水に足を突っ込む場面も。「演出的な部分をつくることもあるけれど、それよりも先に『手をこう挙げたい』『葉っぱを触ってみたい』など、意思とは違うものに司られてる気がします。なんだろうな、私は身体だけっていう状態かな?」。

病を患わったことをありがたいと話す美帆さん。

そこに至るまで自らの運命を受け止め、一人の表現者としてこれからの歩みを見つめ直すためのできごとでもあります。

「手術後に喉がどういう風に変わるのか、それはわかりません。もし万が一本当に声がでなくなっても、いまはもう大丈夫と思っています。それは歌うのを辞めるほど歌ってきたからとかじゃなくて、私にはもっとやりたい事があって、声というものを使わなくても、表現はこれからもっと広がっていくと信じています。

病気の話をしていても嫌だと思うことがひとつもなく、不安に思っていることもそんなにありません。子どもたちが、私のいない間に大丈夫かなという気持ちはあるけど、喜びの方が本当に大きくて。それはみなさんに教えてもらったことでもあり、受け入れられる準備ができていたタイミングなんだと思っています」。

好きな人が輝く姿をサポートしたい

「薔薇よりも、かすみ草が好き」と話す美帆さん。「1人で勝負して生きたいというコアの部分もあるのかもしれませんが、それよりも人が生き生きしてる姿や輝いている瞬間をサポートさせてもらえることの方が好きなんです」。

もし同じ立場だとしたら、できなくなっていくことと向き合いながら、新しくやりたいことに目を向けることができるだろうか。

自分自身を見つめ、時にめげたり落ち込んだりする場面に遭遇しても、前を見るその強さはどこからくるのでしょうか。

「私自身は精神的に強いとはあまり思っていないです。でも、なんでしょう。 “届けたい” や “分かち合いたい” など、そういう気持ちが他の人よりめっちゃ強いんだと思います。手を差し伸べるってすごく力のいることじゃないですか。でもそれをやることが好きなことで、私の天命だと思っていて。それが周りから見ると強く見えるのかもしれません」。

これまでの歩みを作品として残す

アルバム『 嬉々 』は美帆さんが喉の手術をする前の最後のアルバムになります。

「この “癌” っていうのは自分のかさぶたみたいなものだと思っていて。ずっと傷口を護ってきてくれて、でももう護りきれなくなって飛び出ちゃったみたいな感覚があります。

その身体の一部と一緒に、私の良い部分も悪い部分も含め、いままで生きてきた集大成をこのアルバムに込めました」。
「それぞれのタイミングでこのアルバムが誰かに届いて、それが小さなエールに繋がるといいな」と最後に美帆さんはそう付け加えた。

今回の対話を終えて自分にウソをつかず、何ごとにも真剣に取り組む美帆さん。「心を裸になって歌っている私を見て、『自分なんて』と思っている人が、前向きな気持ちになってほしい」と込められた楽曲は、聴いた人の背中を押し、新しい扉を開けてくれます。その場でしか生まれなかった演奏が、CDアルバム『 嬉々 』として販売を予定しております。この機会にぜひ手に取って、聴いて頂きたいです。
聞き手・文 : 小野 義明

[ アルバム情報 ]

album「 嬉々 」 音楽CD 全11曲収録
 
1 目覚め
2 hope
3 嬉々
4 -森の揺れる音-
5 ひかりあれ
6 misty
7 君の星座
8 春と神様
9 Water Lily
10 Dear
11 帆
 
作詞・作曲 | 太田 美帆
音響 | 江島 正剛
映像 | 小田 雄大
デザイン | 山香デザイン室 小野 友寛