“癌になってしまった”
2021年1月、インスタグラム上で自らが甲状腺のがんにかかっていることを公表した音楽家の太田美帆さん。
『聖歌隊CANTUS』をはじめ、UA、高木正勝、haruka nakamura等、数多のミュージシャンを “声” でサポートし続けた美帆さんの人生は、歌うことと共にあります。
草木が生えはじめ、肌寒い中でも春の芽吹きを感じ始めた2月の時期。
PV撮影、レコーディングを終えた直後に、新アルバム『 嬉々 』ができるまでの過程や想いについて伺いました。
うつしきスタッフ永久欠番である田代沙織さんが主催となり、太田美帆個人として初めてとなったソロ演奏会。
ライブ音源をまとめたアルバム『共 鳴』は、その瞬間に生まれてきたピアノ音や歌声がぎゅっと詰まった一枚になっています。
そこから月日が経ち、うつしきでは二度目となるアルバム制作。
今回の制作はどのような気持ちで臨んだのでしょうか。
「『共 鳴』というアルバム制作時は。沙織ちゃんが目の前にいて、共鳴し合ってる私たちの何かを音にしたかった気持ちがありました。
いま沙織ちゃんが天から見護ってくれている中で、娘である野乃禾がいるこの状況を『kiki』っていう嬉しい方の『嬉々』に変換して、いまのうつしきの暮らしやみんなで作って分かち合っている想いを、明るい日差しの音にしたいなって思ったのが始まりです」。
死や病は遠い世界の話ではなく、常に身近にあります。
明日、交通事故に巻き込まれるかもしれない。気づかぬうちに病が進行しているかもしれない。
その日は、突然やってくるもの。
「いつか癌になると思ってたんだけれども、もっとおばあちゃんになってからかなとは思っていました。しかも喉って私が一番犯したくない領域に腫瘍ができてしまって。最初は声が出なくなる可能性もあるんだと思って驚いたのですが、ショックというよりも、生まれ変わる瞬間なんだなという意識の方が強かったです。
インスタグラムで公表してから、想像以上に周りの人々を心配させてしまって。同時にたくさんの人に励ましてもらいました。アクションを起こすことの大事さや、想いは伝えていかなきゃけないんだとみなさんに教えてもらい、得たものがとっても大きかったんです」。
病を患わったことをありがたいと話す美帆さん。
そこに至るまで自らの運命を受け止め、一人の表現者としてこれからの歩みを見つめ直すためのできごとでもあります。
「手術後に喉がどういう風に変わるのか、それはわかりません。もし万が一本当に声がでなくなっても、いまはもう大丈夫と思っています。それは歌うのを辞めるほど歌ってきたからとかじゃなくて、私にはもっとやりたい事があって、声というものを使わなくても、表現はこれからもっと広がっていくと信じています。
病気の話をしていても嫌だと思うことがひとつもなく、不安に思っていることもそんなにありません。子どもたちが、私のいない間に大丈夫かなという気持ちはあるけど、喜びの方が本当に大きくて。それはみなさんに教えてもらったことでもあり、受け入れられる準備ができていたタイミングなんだと思っています」。
もし同じ立場だとしたら、できなくなっていくことと向き合いながら、新しくやりたいことに目を向けることができるだろうか。
自分自身を見つめ、時にめげたり落ち込んだりする場面に遭遇しても、前を見るその強さはどこからくるのでしょうか。
「私自身は精神的に強いとはあまり思っていないです。でも、なんでしょう。 “届けたい” や “分かち合いたい” など、そういう気持ちが他の人よりめっちゃ強いんだと思います。手を差し伸べるってすごく力のいることじゃないですか。でもそれをやることが好きなことで、私の天命だと思っていて。それが周りから見ると強く見えるのかもしれません」。
アルバム『 嬉々 』は美帆さんが喉の手術をする前の最後のアルバムになります。
「この “癌” っていうのは自分のかさぶたみたいなものだと思っていて。ずっと傷口を護ってきてくれて、でももう護りきれなくなって飛び出ちゃったみたいな感覚があります。
その身体の一部と一緒に、私の良い部分も悪い部分も含め、いままで生きてきた集大成をこのアルバムに込めました」。
今回の対話を終えて自分にウソをつかず、何ごとにも真剣に取り組む美帆さん。「心を裸になって歌っている私を見て、『自分なんて』と思っている人が、前向きな気持ちになってほしい」と込められた楽曲は、聴いた人の背中を押し、新しい扉を開けてくれます。その場でしか生まれなかった演奏が、CDアルバム『 嬉々 』として販売を予定しております。この機会にぜひ手に取って、聴いて頂きたいです。
聞き手・文 : 小野 義明
album「 嬉々 」 音楽CD 全11曲収録
1 目覚め
2 hope
3 嬉々
4 -森の揺れる音-
5 ひかりあれ
6 misty
7 君の星座
8 春と神様
9 Water Lily
10 Dear
11 帆
作詞・作曲 | 太田 美帆
録音 | 江島 正剛
映像 | 小田 雄大
デザイン | 山香デザイン室 小野 友寛